第九十二話 そして広まる負の連鎖
「それではみさきちゃん、お父さんは帰るとするよ」
みさきの父はたくさんの荷物を持って自宅に帰ることにした。
「ええ、でもお父さん五所瓦君とは……?」
「いや、いいんだ。これぞう君とはきっとまた何かあるはずだ」
みさきはこれぞうが父に再戦を挑もうとしていることを知っていた。しかし父はそれを待たずに家に帰ることになった。
「向こうに着いたら電話するよ」
「うん、てかお父さん、その荷物、本当にそれでいいの?リュックなら貸すけど?」
父は首の前で風呂敷を結び、背中に背負っていたのである。
「いやいや、結局物を運ぶにはこの風呂敷が一番なのさ。何だかんだとたくさん収納アイテムが出てもコイツは廃れないよ」
父は風呂敷に絶対の信頼を置いていた。たくさん膨らんだ風呂敷の中には主に食い物が入っている。ソニックオロチシティで売られている食い物は大体美味い。
「みさきぃ……超寂しいんだけど」
「もうお父さんったら電車に遅れるよ。本当に送らなくていいの?」
「うん、余計に寂しくなるからね。みさきちゃん、達者でな。お父さんはこの国の平和と娘の幸せだけを願っている。あと、お父さんがもっと甘い物を食べれたらいいなとも想っている」
この父は歳だから控えろと周りから言われてもカステラをはじめとしたスイーツばかりを食っている。
「では、この国と娘と、そして他でもない私に幸あれ」
こんな言葉を残して父は娘の新居を出ていった。
父の足取りは重い。何せ愛する娘と別れるのだから。しかし家に帰ればもう一人の娘みすずに会えるので、それはそれで楽しみであった。この父はスイーツと娘がいれば人生安泰なのである。
道を行く父の影は長く伸びていく。もう夕方だ。
父が次の角を曲がろうというところで、本人の姿は見えずとも角の先に誰かいると分かる長い影が目に入った。影は二人分あった。
父は特に気にすることなく角を曲がったが、曲がった先で目にしたそれを気にせずにはいられなかった。
「おや、これぞう君じゃないか!」
父が目にしたこれぞうは、警官と手錠で繋がった状態でいた。しかもこれぞうは金属バットを、警官は警棒を片手に鍔競り合いをしている。これは完全にやりあっている。ただ事ではない。
「むむっ!お父さん!これまた珍妙なタイミングでのご登場だ」
「何、貴様の父か!丁度良い、父ならこのような出来の息子はしっかり叱ってもらわねば!」
分島巡査はみさきの父をこれぞうの父と想っている。
「いやいや、まだ僕のお父さんではなくてね。しかしもう少し先の未来では僕のお父さんになる人と言って間違いない」
「何を!貴様を産んで育てた父を容認しないというのか。何て罰当たりな恥知らず。やはり正義の警棒で成敗せねばならん」
「いやいや、認めないとは言わない。ただ、それは少し先のことなんだ」
「何を分けの分からん事を!うむ?もしや今流行りのパパ活とかってやつか!それで実の父ではないと?」
分島は妄想を膨らませて真実に迫ろうとするが、出た答えは全然違うものであった。
「パパ活……何だろうかそれは……」
これぞうはパパ活を知らなかった。
ここで父は思わず荷物を下ろして二人の下へ駆け寄る。
「君、これまた一体どうしたことだ。お巡りさんと手錠で繋がれてデスマッチを行うなんて一介の高校生にしちゃやることが派手で無茶だよ」
父は分島の方を向く。
「お巡りさん、この子が何をしたというのだ。とりあえず離してあげなさい」
「お父さん、そこの判断はまだ早い。眼の前のこの男は、こともあろうに警官の額を割ろうとした。その前には民家の窓を割った嫌疑もかかっている。どちらも割れば重罪だ」
「なんだって!これぞう君が!これぞう君、それは本当かい?」
「嘘です。全くの嘘。この体を流れる血のごとき真っ赤な嘘です」
これぞうは血液さらさら男児である。
「ははっ、君は健康体なんだね。というわけだお巡りさん、離してあげなさい。この子は嘘を言うような子ではない」
父は分島を説得しにかかる。しかし分島は動かない。
「むむっ、まだ疑うと言うのか。いいか、この子は真実の子たる私の娘の教え子だ。私の娘は、日々蜜柑を作るために教育機関に勤めているのではない。明日にも非行に走る恐れのある子ども達のその悪しき衝動を抑えることで、身体共にクリアな人間を作っているんだ。その娘が教えた子共が犯罪者だと疑ってかかるのなら、それは我が娘の仕事の不出来を指摘されたと同じこと。私のみさきがそこを抜かることはありえない。私は、私の娘の名誉のためにもこの子が潔白であると叫ぼう!」
父は父の矜持を持ってして娘への愛を叫び、おまけにこれぞうの潔白をも証明してみせた。
これにはこれぞう「お父さん、格好良い……」と一言漏らしてしまう。
「ぬぬぬ、なぜ間に蜜柑の話を……しかし……ん?」
父の気迫に押され、一瞬分島は攻撃の手を緩めた。しかしここで分島、父が道路に置いた荷物に気づく。父は唐草模様の風呂敷を持っていた。この柄が悪かった。
「あの荷物、中身は……さては」
ここで分島の推理タイムだ。
(怪しげなるおっさんがこの時間に古風な唐草模様の風呂敷を背負っている。これは古くから泥棒の必須アイテムとされ、もはやこれを背負った姿などは泥棒のテンプレ。そこへ来て嫌疑あるこの子供、これの父ならそれもまた泥棒の素質ありと見て間違いはなし)
推理タイムが終わって出た答えはこうだ。
「父の方も物取りか」
なんとここへ来てみさきの父まで泥棒の疑いをかけられしまった。それにしても分島の負の発想が自由すぎる。




