第九十話 これぞうが歩けば全ての棒を避けても、何かしらの壁にはぶつかることがある。
「男子三日会わざれば刮目して見よ」という言葉が古くからあるが、これぞうの場合にはこれが二日で終わってしまうということを、かつて作中のどこかでお話したはずだ。
みさきの父に敗北した後の二日間、彼はバッティングセンターで特訓し、今では変化球混ざりまくりの高速球コースでもホームランを打つまでに成長を遂げていた。集中すれば人とはどこまで伸びるか分からない。これぞうに至ってはもっと分からない。何せ彼、可能性の塊なのだから。
「ふふっ、例え相手が星でも番場でも茂野でも三橋でも里中でも上杉でも国見でも今の僕を打ち取ることは出来ないだろうな。基本はホームラン、当たりが悪くとも2ランは頂きだな」
これぞうはいずれもどこのチームに所属するのか分からない投手の名を順に上げ、全員倒せると宣言した。
「と言っても勝負に絶対はない。あくまでも終わった時に勝利した者が強者。前情報では何とも判断できないものだ。しかし過信にならない範囲の自信を持つことはきっと勝率を上げる。僕はそう信じている。だからあのお父さんだって倒せる気でいる。では、行ってくるよ姉さん」
彼は自宅の居間で姉を前にしてべらべら喋っていたのだ。
「うん分かったけど、さっきの話にたくさん出てきた投手達はどこの誰?一人も知らないんだけど」
割とニュースを見る姉でも知らないことがあった。
「はは、今では皆引退した連中さ。まぁいいじゃないか、姉さんは僕の勝利と日本の明るい未来だけを願っていてくれ」
ご機嫌にそんなことを言いながらこれぞうは家を出た。手にした荷物は金属バットが一本、そしてポケットには硬球が一球のみ。
みさきの父とこれぞうが戦ったのは三日前のこと、彼は二日間鍛えまくり、三日目にはすっかり再戦する準備が出来ていたのである。バッティングセンターで使用した金は例の在宅ワークで稼いだ金をつぎ込み、今持っている金属バットはリサイクルショップで400円のを購入した。ボールはというと、これは横領とか単に窃盗と言うのかもしれいないが、こっそり学校の体育倉庫から取ってきたのである。もちろん終われば返すつもりでいた。誰にも内緒だぜ。
あの後、みさきの父はソニックオロチシティにまだ居座り、主に街のグルメを堪能しながら過ごしていた。みさきが仕事で疲れて帰ると、そこに上乗せして疲れさしてくれる父が待っているという日が続いていた。正直これには参っていたみさきであった。何せ彼女の父は娘が好きすぎて何かと絡んでくるからだ。みさきは確かに父のことが好きだが、それとは別にうざいと思うことがあるのもまた確かな話なのである。
そんな父は今日もまだこの街にいる。それをみさきの口より事前確認していたこれぞうは、学校が終わってから父に再戦を仕掛ける気でいたのだ。
「ふふっ、楽しみだね。文学青年の僕がまさかスポーツで強敵を凌駕する日が来るなんて。天国でお祖父さんも見てるだろうね」
これぞうは既に相手の首を取った気でいるが、それでも彼は浮かれまくっているわけではない。しっかりと緊張感も持っていた。いくらかはそれをごまかすための自信たっぷりな独り言であった。
「しかし、これ重いな」
金属バットを持って長い距離を歩くとなると、彼のような体力のない奴にはこたえるのであった。これぞうはバットの先を道路に引きずって進んだ。
「おい!ちょっと!待て!」
これぞうの後ろから急にそんな声がした。でもこれぞうは集中しているので、振り向くことはしなかった。
「待てと言うのが聞こえないのか」
その声を発した男はこれぞうの肩を掴んだ。
「え?何?」とこれぞうは言う。相手の男を見ると、どうやら警官のようである。警官はこれぞうをジロジロと見ている。
「そのバットは何だ?」と男は言う。
「はぁ、これはリサイクルショップにて400円で購入したバットですが……」
これぞうは正直に答える。
「う~ん」
警官はそういうことではないと想って唸り声を上げる。
「用が済んだのなら僕はこれで、次の仕事がある」そう言うとこれぞうは再び歩を進める。
「いやいや待つんだ!ちょっと話を聞きたい」
「何ですか、要件ならまとめてさっさと言ってくださいよ」
警官はこれぞうにどうしても聞きたいことがあるようだ。
「何だというのです。はっきりと言ったらいいじゃないですか」
これぞうは先を急ぐので警官にも話を急がせる。
「少し前のことだが、そこの角を曲がった家が空き巣被害にあった。侵入経路は割られた窓ガラスだった。そこに来てバットを裸で持っている者がいるとなればちょっとは考えるじゃないか」
「へぇ、何をです?」
「だから、まさかとは思うが、そのバットで反抗に及んだのではと」
「ははっ、だったから違いますよ。だいたい割って入って物を取っていった奴がどうして現場の周りをまだうろついているというのです?しかも犯行に及んだアイテムまで持って。おまけを言えばホラ、僕はボールとバット以外には財布やハンカチだって持ってない」
これぞうは古今東西の名作本を読み漁っている。その中にはもちろん推理ものも多く含まれている。そんな彼だからこその理の通った証言であった。
「ははっ、警官や探偵ともなると人を疑ってかかるのも仕事。しっかりやられているようだ。なに、僕は嫌疑をかけられたことなんて根に持ちはしませんよ。今後も街の平和のために活躍してください。それでは」
これぞうは爽やかに場を立ち去ろうとする。
しかし一旦疑ってかかった警官は警戒をとかない。これぞうの前に回り込んで道を塞いだ。
(こいつの言うことはいちいち最もだ。それも流れるような流暢な語りによるもの。ゆえに怪しい。俺の経験がそう言う。饒舌かつ理屈っぽい供述をする者は、マジでやってるからこそ言い逃れのためにそれを行う。それに犯人とは何だかんだ現場が気になって戻ってくることがあるともいう。その点で奴が現場近くにまだいるのは納得がいく)
この警官Aにはこういった内容の予感が走ったのである。語るに落ちる犯人こそよく喋る奴、このまま喋らせればボロを出すのでは、警官はそこまで考えたのだ。
もちろんこれぞうは完全なる白、二万年問い詰めたところで彼から証拠は出てこない。しかし警官も自分の経験にそこそこ自信があったので引き下がることはしないのであった。
「善良」という言葉を擬人化したのが我らが主人公と言っても過言ではない。しかし不運な彼は、こともあろうにコソ泥の疑いをかけられたことで、重要な戦いの前に足止めをくらったのであった。




