第八十八話 敗北の味が染みても尚美味しい板チョコ
戦いが終わり、そして学校も終わった後の放課後の教室では、これぞうと久松が二人残って反省文を書いていた。
「で、あの不審者は誰なんだよ?」と久松は言う。
「ああ、君なら言って良かろう。あれはみさき先生のお父さんだ」
「で、なんでまたそのお父さんと五所瓦が対決してたんだよ」
「簡単なことさ、男ってのは父を越えて行かないといけないからだよ」
「あれはお前の父じゃないだろ?」
「ふっ、ウチの父でも他所の父でも越えていくことが男には求められるのさ」
「はぁ、他所の父とも事を構えるとは忙しいヤツだな」
「青春に暇無しだね、いつだって忙しいものさ」
二人が謎の問答をしているのを聞いている少女がいる。二人の同級生の松野ななこである。
「ねぇ二人共喋ってばかりないで早く書いた方が良いんじゃない?」
本日は松野とこれぞうが日直の日である。松野は教室の黒板の文字を消し、黒板消しをクリーナーにかけて綺麗にしていた。これぞうはやはり日直の仕事はしないし、おまけに反省文も書くことになるしで今日は良い所がない。
「全く、この僕に反省を求めるとは。あれは聖戦さ、何を悔いて恥じることがあろう」とこれぞうは答える。
「三振したじゃないか」と久松が言った。
「くっ、確かに……」これぞうはやっぱり悔しかった。
これぞうと久松は何故かお互いの机を向かい合わせにくっつけて反省文を書いていた。松野は黒板の始末を済ますと、二人の机まで寄って来た。そして二つの机の真ん中に両肘をついてしゃがんむと「何であんなことになったのかな」と問う。
「うん、あのお父さんを倒しておかないといけない理由があったのだよ」とこれぞうは言う。
「三振しちゃったけど、五所瓦君は初心者なのに速い球に反応出来てたし、結構バッティングに向くのかもね」
「ふっ、そう言ってくれるのは嬉しいが、僕は敗者。慰めはよしてくれよ松野さん」
これぞうはクールに決めてみせた。それを見て松野は笑っている。
「久松君、ここ漢字間違ってるよ」と松野は指摘する。
「え?そうかい。俺、国語とか漢字とか苦手なんだよな」
「はっは、君はもっと本を読みたまえよ」とこれぞうは高笑いしながら言った。
「う~ん、そういう五所瓦君の【~である、~だ】の文体は偉そうで反省している感がないかも。【~です、~ます】の方が良いんじゃない?」と松野はこれぞうにも注意した。
「ふふ、君はよく気がつくね。そういうことなら書き換えようじゃないか」とこれぞうは偉そうに返した。これだから反省が必要なのだ。
放課後の教室では仲良し三人の微笑ましい場面が見られたのであった。
そしてその日の晩、これぞうは活動報告をすることを姉に命じられていたので、また姉のあかりの部屋へと足を運んだ。
「そこに座りなさいこれぞう」
姉は弟を畳の上に正座させた。
「お姉ちゃんはエスパーではないけど、弟のことならだいたい見抜けるわ。あんたのその顔、どうやら良い戦績をあげられなかったようね」
姉は偉大。弟の顔を見ればそれだけでたくさんのことを理解するのであった。
「恥ずかしながら負けてきたよ」
これぞうは正直に全てを話した。
「ふむふむ、負けたのね。しかしあっぱれ、一歩も引かずに歴戦の投手に食らいついたあんたの根性だけは認めるわ。でも勝負は結果が全て、過程でいくら褒める点があっても一勝を上げた栄光には及ばずよ」
姉は勝負事には厳しい。
「しかしその親父、多彩な技を用いるわね」
「ええ、シンカーという球を投げてくるんだ。僕はあんなのは初めて見たよ」
「これは鍛えて再戦ね。とりあえず今年中にその親父を倒すのよ」
「あと一ヶ月も無いじゃないか」
「そうね、その一ヶ月を切る期間が、あんたの勝利までにかかる時間として長いのか短いのかは他でもないあんた次第によって決まること」
あかりは再度これぞうを焚きつける。
「ところで姉さん、振り逃げってのは何だろうか?」
「あんた振り逃げも知らないの?」
ここで物知る姉は、無知なる弟に講釈をたれる。
「三振ってのは、ストライク玉を3回打ち損ねること。三振が決まる最後の一球を捕手が処理し損ねたら、例えあんたが空振りしても一塁へと走っていいのよ」
「あれ、すると僕はアウトにはなっていないのか」
「そうとも言えるわね。といっても今回の対決は試合形式の中で行ったわけでないから振り逃げをルールに盛り込むのは何か変な気もするけどね。まぁそれ込みで見ると試合としては引き分け、そして勝負としてはあんたの負けよ」
姉ははっきり言い渡す。
「そうだね。結果が引き分けでも敗北でもとにかく僕の勝利は無かったわけだ。引き分けと見て己の慰めなにするなんてことはしないさ。僕は敗北を受け入れてまた次への準備を始めよう」
「良い心がけよこれぞう。勝負の世界に身を置く者は、自分の戦いの勝敗を自分で決する判断力が必要だわ。もしも惨めったらしく敗北を受け入れない態度を取っていたら、お姉ちゃんの鋼の右手があんたの頬を打っていたわよ」
「ははっ、それは良かった。姉さんに打たれると頬はもちろん、心はもっとズタボロになるところだった」
これぞうは負けても尚男らしかった。そのために頬への打撃を逃れた。これってとっても素敵なこと。
「ここへ来て壁一つだね。しかし、ぶつかってもタダでは起きぬが五所瓦の男。姉さん、僕、頑張るよ」
「よくぞ言ったわこれぞう。じゃあコレはご褒美ね」
そう言うと姉は、半分は自分で食ってしまった板チョコを弟に渡した。チョコは銀紙で綺麗に包まていた。
「わ~い、板チョコだ!いや~いくつになっても板チョコって美味しんだよね。逆にいくつになったら不味くなるんだろうって思うよ」
「さあね、虫歯で歯が全部抜けた時じゃない?」と言って姉は微笑む。
「ありがとう姉さん。歯磨きはしっかりするからね」
そう言うとこれぞうは板チョコをバリバリ食うのであった。畳の上には黒いカスが落ちていた。




