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第八十四話 蠢け、その魂!

 バタン!

 聞く者にとってはただの物音に聞こえ、また悲しく響く音にも聞こえるそれはみさきの新たな住処の玄関ドアの閉まる音であった。我らが主人公にとってこの音がどう聞こえたか、それを考えると切ない。

 閉じられたドアの内側には父と娘二人が、そして外側にはこれぞうがいる。これぞうはみさきの父によって閉め出されたのだ。

 彼は先程首になった引っ越し屋「ドラゴンテンダネス」の制服を着て、からっ風の吹く通りをトボトボと歩き出した。この制服はクリーニングして後日返却となる。首になった彼だが、予定されていた1日の給料の半分くらいをボスの気遣いによって手にしていた。

「ふっ、息を上げ、額に油汗し、稼げるのはこれっぽっち。僕は知ったよ、お金を得るのがいかに大変なことなのか……今更ながらお父さんとお母さんに感謝だ」

 世の厳しさ、そして親のありがたさを感じながら彼は帰路に就いたのであった。こういうことを思うようになったならば、それは親孝行の第一歩であると言えよう。


 所変わってみさきの新居では父とみさきが話し合っていた。

「お父さん、何もああして追い返すことはないんじゃない?」

「みさきちゃん、親父ってのはね、娘を好きという男をとりあえずは一旦跳ね除けるものさ。だが私には先が読めている。あの彼は、好きな女の父にちょっと文句を言われたくらいで引き下がる男ではない。これっきりみさきちゃんから手を引くとは想えない。きっともう一度対峙することになるだろう。何せこの私がそうだったのだから」

「あ、聞いたことあるよ。お父さんはお母さんを落とすために、それはしつこくアタックを仕掛けたって。その過程でおじいちゃんと壮絶な戦いを繰り広げたってね」

 みすずは母からその辺の事情を聞いていた。

「そうそう、あのジジイを崩すのにも時間がかかってね。どこの家も一緒だね、基本は娘を嫁に出したくないんだよ。最後は妥協というか、争いに飽きて嫁にやるんだね」

 娘二人を前にして父は、父たる複雑な胸中を吐露した。

「ああ、嫌だな嫌だな。娘二人がいつかはどこかの男に取られるんだろ。お父さん寂しくて嫌になっちゃうよ」

「まぁ結局はお父さんのわがままね」と言ってみすずは笑っていた。

 この父の娘大好きぶりは問題だ。みさきはそう想っていた。

「ああもうだめ。お父さん飲んじゃうもんね」そう言うと父は土産に持ってきた清酒「毒蝮」を瓶のままグビグビやり始めた。

「ああ!なにやってるのよお父さん!」みさきが止めようと想っても手遅れだった。

 父は顔を赤くし、すぐにぐったりしてしまう。この父は酒が好きだがとにかく酒に弱い。

「みさきぃ……今日は泊めてね」

「……仕方ない。みすず、今日は一人で帰ってね」

 こうして父はみさきの家に泊まることになった。困ったものだ。


 その日の晩、これぞうは今日のことを報告するよう姉に言われたので、風呂上がりに姉の部屋に行った。

 これぞうは事の顛末をあかりに話した。

「ふむふむ、分かったわ。先生のお父さんと一悶着あったと」

「うん、そうなんだよ姉さん」

「あんた、まさかそれで引き下がる程の愛しか持っていなかったってことはないわよね?」

「もちろんさ。おじさんの一人くらい倒して見せなきゃ愛は掴めない。僕が人を愛するのはこれが始めてのことだが、多くの書物から学んで知っている。恋愛とは苦しく、険しいもの。簡単ではないものだってね」

「そうね、良い心がけよこれぞう」

 今日も五所瓦姉弟の会議は熱いものとなりそうだ。

「これぞう、男ってのはね、いつかは自分の父でも他所の父でも越えていかないといけないの。つまりよ、あんたが先生の父親を越えて行く、それを行わないと、この恋の先はないわ。それまでは先生のお父さんは絶対にあんたを受け入れない。父ってのはそういう作りになっているの」

「さすが姉さん。女の身で生きてさえ男に詳しい」

 今日もこれぞうは姉の言うことには何でも頷く。

「事は言うは簡単、その親父を倒せばいいの。でもやるは簡単ではないわ」

「な~る」

 これぞうが最近口にしがちなコレは「なるほど」の略である。

「ふむふむ、あのお父さんを圧倒する。この僕が……やり方は様々あるはず。僕の有利に持っていくも良いし……いや、相手の土俵で力を見せつけてこそ意味があるかもしれない」

「ふふ、そうよこれぞう、考えなさい。あんたは確かに物を知らない無知な若造よ。でもやれば出来る賢い子なのが私の弟。これぞうなりの勝利、見事その親父から奪ってみなさい」

 こうして訳が分かるようで、分からないようでもあるどっちつかずな理論を振りかざして、今日も姉は弟を焚きつけるのであった。

 これぞうは素直だし、姉に対して絶対的な信頼を置いている。こうなれば考えた末に彼は必ず動き出す。彼が次に何をやらかすか、実に楽しみではないか。

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