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第七十八話 rolling onion

 休日の午後、これぞうは昼飯を済ませると、その後の時間は小難しい長編小説を読む時間に当てていた。そして彼は急に想ったのである「生姜焼きが食いたい」と。

 今晩は生姜焼きが食いたい。どうしても食いたいから自分で作る。15時半も過ぎた頃に彼はそう決意した。そして台所で食材を確認したところ、豚肉はある、生姜もある、しかし玉ねぎがないと分かった。だったら玉ねぎ抜きでやればよいではないかと言いたい所だが、我らが主人公はそんな妥協はしない。

「玉ねぎ無くして何が生姜焼きだ!」

 これぞうははっきりそう言った。そう、玉ねぎが無いならそれは生姜焼きであって生姜焼きではない矛盾した曖昧な何か。そこを完全なるものにするため、彼は玉ねぎを求めてスーパーへと向かうことにした。これぞうが家を出る前、居間でゴロゴロしながら何かのドラマの再放送を見ていた姉のあかりは「これぞう、何でも良いからあんたの判断で小洒落たお菓子を一つ二つ買ってきてよ」と言った。

 これぞうは玄関ドアを開けて西日を受ける。

「まったく姉さんは、ああしてゴロゴロしては何かしらの菓子をむ日々を続けて困ったものだ。しかしあんなことをしている割には太らず引き締まった体をしているのもまた事実。部屋でケツアゴ男の落書きをする以外に何かしらのトレーニングでもしているのだろうか……」

 そんなことをぶつくさ言いながらこれぞうは歩を進める。

 幸いにも今日はスーパーで玉ねぎが一玉10円セールをしている日であった。しかしこれぞうが行った時間帯には近所の奥様方が争って出来の良い物を取り合った激動の時間を過ぎており、売り場には小さくてしょぼくれたような玉ねぎしかなかった。

「南無三、時を逃した!それでも10円なら安くて良いか」

 これぞうはとりあえず余った玉ねぎを10個と、姉に言われた小洒落たお菓子のみを買って店を後にした。

 

 その帰り道のことである。

「はぁ、学校が休みなのは良いが、みさき先生のお姿を見られないのはちょいと寂しくもある。いや~あの人の姿ときたら愛らしいものだから正社員の勤務時間である8時間の時をかけてじっと見ていても飽きないだろうなぁ」

 愛がに満ちているのは良いのだが、ともすると変態確定なことを独りごちるこれぞうであった。そんなことを考えて喋っていたものだから彼はうっかり躓いて転びかけた。

「うわっっと!危ない」

 これぞうは前に倒れかけたが、何とか体勢を直して大事には至らなかった。

 しかし、彼の荷物は無事ではなかった。そこは丁度下り坂であった。体勢を崩した時に玉ねぎを入れたビニル袋を手から離してしまい、10個の球体はコロコロと坂を下っていく。

「ああ!僕の玉ねぎが!」

 言うが早いかこれぞうは駆け出した。しかし、全然追いつかない。これぞうは徒競走のタイムが良くない。玉ねぎはどんどんスピードを上げて坂を下っていく。

(確かこの下は川。そりゃフェンスくらいはあるけど、下の方は人の足が入るくらいに空いている。とすると、ことの顛末は川にドボンで終わりか。そうなると税込み108円の買い物がパァだ)足はともかく、頭の回転は人よりもうんと速い彼は坂道を下りながらそんなことを考えていた。一介の高校生にとって108円なんて金額は大金ではないかもしれないが、かと言って失って平気な額でもない。これぞうは己の全てをかけ、川に浮くか沈むかするゴミと変わりつつある玉ねぎの回収作業に出た。


 その時、偶然にも角を曲がって坂下に現れた影が二つあった。

(しめた!捨てる神に招かれる玉ねぎの前に、今度は拾う神だ!世の中上手く出来ている。いや、本当に上手く出来ていれば、そもそもこんな憂き目には会うまい……)走りながらもそう考えたこれぞうは「頼む!そいつを拾ってくれ!」と叫んだ。

 彼の声を耳にした二つの影は即座に腰を沈め、軽やかなフットワークを用いて捕球行動に移った。二人が横に並び、流れるような手付きでそれぞれ5個をキャッチし、10個の玉ねぎは全て無事であった。

 二つの影の動き、それはこれぞうの目から見ても素人の動きではなかった。これぞうは安心したのと、あとは疲れたという理由で坂の途中で立ち止まった。

「なっなんて鮮やかな捕球行動だろうか!強豪野球チームで10年間球拾いをしてもああはいかないぞ。あんな動きするのは一体どんな人だろう」

 これぞうは玉ねぎの回収とお礼を言うために歩いて坂道を下っていった。そして近づくことでやっと玉ねぎを拾った恩人二人の姿を確認することが出来た。

「ややっ!これは見目麗しいメイドさんだぞ。うわ~すごいなぁ、僕はメイドさんだなんて漫画かアニメでしか見たことがないよ。そして、こちらの御婦人は今朝方夢で会ったような……」

 これぞうの夢に登場したらしいその御婦人は黙ってこれぞうを見ている。

「ああっ!みさき先生!」とこれぞうは大声で言う。

「君ねぇ、普通に気づいていたでしょ。いつまで小芝居を続けるつもりかと想って見てたわよ」

「へへっ、偶然の出会いに更なるドラマ性を持たせる演出でした」後ろ頭をかきながらこれぞうはそんなことを言った。

「はい、玉ねぎ」と言うとみさきは玉ねぎをこれぞうに渡す。

「ああ、これはこれは。お礼がまだだ。お二人ともありがとうございました。二人がいなかったら玉ねぎは川のゴミとなっていましたよ。助かりました。ああ、良かったら先生、それはお持ち帰りください。二人がいなけりゃ、どうせはゴミとなった運命の物、先生に持って帰ってもらっても問題ありません」

「ゴミとなった運命の物を先生に渡さないの。ダメよ、ちゃんと持って帰りなさい」

「ははぁ~では」

 これぞうは10個の玉ねぎを再びビニル袋に収めた。

「いや~感激だなぁ。先生のことを考えたらこうして会えたし、それにへへっ、すごい綺麗なメイドさんも見れたぞ」

「五所瓦君、そんな風にして見るものじゃありません」

「これは失礼しました。珍しいものですから」

「いいえ、構いませんよ。あなたはみさきの生徒ですか?」メイドの土上どのうえが尋ねた。

「いえ、僕はみさき先生にクラス担任になってもらう栄光を手にし損ねたしがない学生をしていましてね。そういう意味では先生の生徒ではありませんが、それでも人生の師として仰いでいるという意味では先生の生徒と呼んで問題ありません」

「面白い方ですね」

 土上はみさきの方を見てそう言った。

「ええlまぁ……」とみさきは返す。

「ああ、先生はメイドさんのお友達とお出かけでしたのですね。社会人には学生以上に休みが必要なもの。お父さんがそう言ってました。お邪魔してはいけないので僕はこれで。帰って生姜焼きにしなきゃ」

 そう言うとこれぞうは場を去ろうとする。

「ちょっと、あなた」

 意外にも土上がこれぞうに声をかけた。

「へ?何か?」

「……学校は、みさきのいる学校は楽しいですか?」

 土上は分かりやすく笑顔を作ってはいない。しかし自分にその言葉を向けるメイドは確かに優しい目をしていた。これはちょっとだけだけの笑顔だとこれぞうは想った。

 そしてこう返す。

「ええ、もちろん。布団に入った後は、太陽が昇るのが待ち遠しいくらいですよ」

 これぞうは笑顔で返した。

「お二人ともありがとうございました。では、あとは二人でごゆっくり。それからみさき先生、また明日!」そう言うとこれぞうは家に帰っていった。


「……みさき、良い仕事に就いたようですね」

「え、なによドニー、急に」

 二人もまた歩き始め、その場を後にした。 

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