第六話 今日の僕がこの前と同じ僕だとどうして言えよう
男子三日会わざれば刮目して見よ、てね。
何が言いたいかっていうと、僕は完全にレベルアップしたってことさ。
僕はあかり姉さんに借りたあのゲームを金曜日の晩から始めて、土日と続けてプレイした。おかげぼくは、たった2日とちょっとで10人分との恋愛を経験することが出来た。まぁどれも相手は男なんだけどね。それでも女子がドキドキすること、喜ぶことは良く分かった。
このゲームをやることになった時は、姉さんはまた何を言い出して、何を渡すのだと想ったりもしたが、やはりそこは僕の姉さんだ。なんだかんだで的を射ている。
植草君は普段は暴れ者な一面を見せるが、時に子犬を拾うような優しい一面を見せることで女心をホロリとさせた。東山君は相手が胃袋持つ生き物ならそれを掴んでしまえばOKと言って、好きな子に美味い手料理を食わせ、恋の勝利を勝ち取った。そして錦織君はひたすら壁ドンをすることで、女子のハートビートを異常値にまで上げ、気づけば惚れされているといった超絶テクを披露した。その他大勢の男子達がすばらしい手練手管を弄しては女子を恋の底無し沼に引きずり込んでいった。それにしても恐ろしい恋の聖書があったものだ。このゲームを作った人は相当なやり手だぞ。
後で分かったが、あれは世に言う乙女ゲーであった。
そんな訳で、高校生活最初の休日を利用して恋愛のいろはを総ざらいした僕は、あの人に想いを伝えるために現在職員室の前まで来た所なのであった。
「失礼しま~す」
僕は月曜の朝礼中の職員室に入った。
「何だね、君?」と言った御仁は、まるで狸がメガネをかけて服を着たという見た目であった。後で知ったが、この狸男は校長先生であった。
「水野先生!お話があります」
「えっ!何っ、誰?」
水野先生はさすがに驚いていた。
「あっ、桜の木の子!」
「そうです。僕です」
どうやら朝礼は粗方終わっていたらしいので、どうしたものか困っていた水野先生を見た狸は……じゃなかった。校長先生は生徒の相手をしに行っても良いと合図を出した。
水野先生は職員室入り口までやって来た。
「何?朝礼中よ」
「ここではどうしても話し辛いので……そうだな~あの木の下で」そう言って僕は職員室の窓から見える木を指さした。
職員室を出て右にまっすぐ行くと、外に通じる扉がある。先生と僕はその扉から外に出た。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもありません。先生、好きです。結婚を前提に、なんて月並みなことは言いません。結婚したものと想って僕とお付き合いして下さい」
「……」
時が止まったように先生は固まっていた。僕のいきなりの告白にはさすがに驚いたのかもしれない。
「ちょ、ちょっと待って……え~っと何コレ、罰ゲームとかなの?」
「いいえ、先生とお付き合いすることが罰ゲームならむしろご褒美。甘んじてその罰、受け入れましょう」
「……変な子とは想ってたけど……あなた何言ってるのか分かってる?」
「はい。土日に何度も考えた告白の言葉です」
(これは手強い)とみさきは想った。
「分かったわ。あなたが真面目に言ってるならこちらも言わせてもらいましょう。生徒と教師でそういうのは成立しないわ」
「ははっ、何をバカな。僕は男で先生は女だ。それだけで男女の仲は成立するではありませんか」
(やばいなコイツ)とみさきは想った。
「先生聞いてください。僕は入学式の日、先生と出会って眠たい青春から目が覚めました。僕の目を一気に覚ましたのは偏に先生への、一目惚れによる恋です。僕はこれまで恋なんてしたこともなかった。運命の人に出会えばビビビッと恋の電流が流れると物語で表現されることがありますよね。その点で言うと、僕は恋愛絶縁体だと想っていました。しかしこの春、そんな絶縁体に電流を流したのが先生との衝撃的な出会い。僕は始めて姉さん以外の女性が美しいと想った。始めて女性をあんなに近くで見て、始めて女性の胸に頬を埋めました」
これを言った時、先生は両手でバッと両胸を隠すポーズを取って頬を赤らめた。これは大変に可愛らしいリアクションだと想った。
「そこからはドキドキともビリビリとも言える感情が沸き起こったのです。これは恋でしかない。そうでしょ!」
「いや、そうでしょって……」
「とまぁ、こんなことを会って間もない奴に言われても先生も困ってしまいますよね。そこでコレを!」
そうして僕が取り出したのが今朝作ったアイテム。
「これはクッキー?」
「そうです。どうぞ」
先生は僕が袋に詰めたクッキーを手にとった。
(……この子、分からない)
「言葉で愛を語ってもすぐには理解できないでしょう。何せ愛は形はもちろん、その定義すら明確なものではないときている。UMAやオカルトに近いようにも思えるじゃないですか。という訳で、まずは僕の愛を体から取り出して固形化したこのクッキーを味わうことで、少しずつでも僕の本気のラブを知って頂きたい」
(なっ、謎すぎる……)
「自信作です!」
そこでチャイムが鳴った。先生とはいつまでもお話していたかったが、学徒の務めとして授業には出席しなければならない。その辺のことでは僕は真面目なんだな。
「あっ、もう一時間目が始まる。先生、まずは僕の気持ち第一弾をお受けとり下さい。ではまた、きっとまた!」
僕はそう言うとダッシュで教室へ帰った。
「あっちょっと……どうしようコレ……美味しそう」
多くの女性がそうであるように、水野先生もまた甘い物には目が無かったのである。
クッキーはハートの形をしていた。