第六十六話 汚れなき白さを誇る我が学園
みさきが龍王院家に引き取られた次の日。大蛇高校の一年生の教室では、ため息を吐くこれぞうの姿が見られた。
「はぁ、みさき先生が家を出てからというもの、まるで我が家は明かりが消えたようだ。明かり消えて、あかり姉さんのデカい声が余計に響いて聞こえるようになったじゃないか。やはり寂しいものだ」
上手いこと言ったとかではなく、これぞうは真に寂しがっていた。
そこへ彼の学友の久松が声をかけてくる。「おい五所瓦、その後はどうよ?」
「その後かい。こっちは変わりなく快便快眠の日々が続いているさ。しかし心境の面では変わったことが確かにあったというもの……」
「いやいや、便とか眠りのことじゃなくてさぁ。台本のこと」
「ふっ、大作は一日にして成らずってね」
これぞうは人が喋っているのに顔を合わせず、校庭の方を見つめてそんなことを言った。
「それはお前がよく読む本の中で誰かさんが言ったセリフとかなのか?」
「さぁね。しかし、西暦が始まって2000年以上が経ったのだから、どこかの時代で誰かがきっと言ったであろうセリフさ」
「……何だ、お前のオリジナルかよ」
久松は普段から多くの学友と言葉を交わす。その中で、これぞうを相手取った時のみは、他のように会話がスムーズにはいかないと感じるのであった。
「しかし案ずることなかれ、本の方は順調さ。幸か不幸か、本を書くには集中出来る状態になったのだから」
いつ誰にとってもこれぞうは変。これはクラスメイトに共通する考えである。しかしこの日のこれぞうは、同じ変でも昨日までの変とは少し違っていると久松は気づいた。
「まぁ期待してるさ。リラックスして書いてくれよ」
一方みさきはというと、昨晩は龍王院家で歓待を受け、今日も元気に通勤して来た。今朝は桂子が甲本にリムジンを出させてみさきを学校まで送るように指示を出した。お嬢様の彼女は基本的に考えに遠慮がない。みさきの方では教師がそんなデカい車で学校に来たら目立って仕方ないからと謹んでお断りした。その結果、金持ちの龍王院家で有してはいるものの、そこらのホームセンターでも普通に買えるママチャリをかっ飛ばしてみさきは一人で学校に来たのであった。
「ふぅ、五所瓦家も龍王院家も賑やかだったり騒がしいのは一緒ね」
両家には感謝している。しかしうるさいのは確かにそうなので、みさきはありのままの感想を口から漏らした。
龍王院家はデカい敷地を持ち、その上にはデカいお屋敷を建てている。部屋がたくさんあって、みさきは迷うばかりであった。今朝も学校へ行く準備をしたは良いが、自力では出口が分からない。使用人の案内を経てやっと脱出に成功といった感じであった。自室から玄関が遠いというのは案外困る。歩く距離が長いからだ。
可愛い女子が大好きな桂子はみさきを大変気に入り、過度の愛情表現を行ってくる。それを不快に思うではないが、何もされないよりはずっと疲れることなので、みさきとしては早く次の家を探そうと思うわけであった。
「これは大変だ……」
そこへこれぞうのクラス担任の田村が話しかけてくる。
「水野先生、その後はいかがですか。今は住処が無い身だと聞きましたが」
「ええ、知り合いの家に世話になっているのですが、いつまでもという訳にはいきませんね」
「聞けばあのメゾン・オロチは長年家賃を稼いでいるので、それを使って大家が新しく作り変えるとか言ってますが」
「ええ、それでも少し先になりますからね。一旦は他の下宿先を探して住まないとですね」
「何というか……春になって学校を出て、遠くの街まで働きに来て、それでこの騒ぎですからね。大変だとは思うのですが、何とか頑張ってください。ここは見ての通り古参の者ばかり、あなたのような若くて元気な教師はこちらとしてはとても貴重な存在なのです。困った時はお互い様ということで、とりあえずコレを」
そう言うと田村は、近場のセルうどんの無料券、近場のスーパーの前にあるたこ焼き屋の無料券、それからスーパーの商品券5千円分を渡してきた。
「あ、ありがとうございます」
「それとこれもね」そう言うと田村はちょっとお高めの袋入スルメイカをくれた。
「こんなことくらいしか出来ませんが、美味しいものでも食べて元気を出してください」
昨日の校長にしても、この田村にとっても、みさきは可愛い後輩であり、年の差で言うと自分の娘
みたいなもの。ただ人情からして可愛い対象であった。仕事の場ではあるが、人情は人情。娘くらいの歳のみさきに対して優しくしてやろうという気は湧いて不思議なものではない。古参の者達にとってみさきは期待の新人なので、なるたけ現場で守ってやろうと気遣っているのである。良い現場だ。大蛇高校はホワイト企業です。




