第六十三話 小さな幸せ、盗み見た
次の日の朝のことである。太陽が顔を出すのとだいたい同じくらいの時刻にこれぞうは目を覚ました。そして台所で朝飯の準備をするのであった。もちろん愛するみさき先生に食べてもらうための愛のたっぷりこもった料理を作るのである。
リズム良く卵を割ってフライパンに落とせば、「ジュウー」という耳に気持ち良い音が台所に響く。そんなお料理BGMを耳にしてこれぞうはノリノリで調理を進める。高校に上がったこれぞうは、みさきに弁当を差し入れるために料理を学ぶようになった。それ以前の彼はというと、片栗粉を湯の中に直接入れると上手く解けずにだまになるということさえ知らないお料理童貞であった。そんな彼がたった半年の間にかなりのレベルアップを遂げ、今となっては片手で卵を割っちゃうくらいに料理に慣れている。人の進化は案外早い。
階段から誰かが降りてくる音がする。そのまま足音は居間に近づいてきた。みさきが起きてきたのだ。
「ああ、先生。おはようございます」
「あっ、五所瓦君!おはよう。随分朝が早いのね」
「ええ、朝ってのは得てして早いものですよ」
こんなとんちんかんな朝の挨拶が二人の間で行われた。
「丁度出来上がりましたよ先生。あっ、先生は朝ご飯はきっちり食べるタイプですか?聞く所によると、最近の若者の中には朝ごはんを抜くのを常とする変わった生活リズムを刻んでるのがいるというじゃないですか」
「ええ、私はいつも朝はしっかり食べるわよ」
「そいつはよかった。先生のお口に合うのがどれか分からないので、とりあえず三種類作りました。好きなのを、いや、イケるなら全部食べちゃってください」と言ってこれぞうが居間のテーブルに並べたのは目玉焼きトースト、オムライス、そしてチキンピカタであった。
「おお、朝からはこれはすごいわね。そしてどれも卵料理……」
「おすすめはチキンピカタですよ。本来ならどーんとポークピカタと行きたいところですが、朝なので少し軽めの鶏にしました。カロリーの面でも乙女の先生には鶏の方が良いかと。それに鶏の方が安い」
実は乙女みさき、昨晩は夜の街をさまよったのでしっかり腹が減っていた。これぞうの作った朝飯を見ればみさきの腹が「ぐー」となった。
「あら~これまた可愛らしいお腹の虫を飼っているようですね」みさきの腹を覗きながらこれぞうが言う。
「こら、そういうのはセクハラよ」と言いながらみさきは頬を赤くする。
「へへ、こいつは失敬、まぁまぁた~んとお上がりください」
腹の虫の音もそうだが、その後の反応までが可愛らしく、これぞうはみさきに萌えている。
「じゃあチキンピカタを頂きます」
みさきはチキンピカタを選んだ。
「では、炊きたてのしろ~いご飯を用意しましょう。この米は一体どこの何という米なのか、僕は知らないのですが、まぁ米なんてのは水の量を守って炊けば大方おいしいものですよ。僕は少々固めに炊くのが好みでして……」と喋っている間にもちゃんと手を動かして茶碗に米をついできたこれぞうであった。
「お味噌汁はこれまたよく知らない会社の即席のものなのですが、まぁ味噌なんてのはたくさん種類があっても大方は日本人の舌に合うように出来てるものですから大丈夫ですよ」
何が大丈夫なのだろうと思いながらも出された味噌汁をみさきはズズーと啜る。味噌とは日本の心とも言える素晴らしき食材である。
「おいしい……」
腹が減っているみさきは夢中で朝飯を食らっている。
「先生、時間はありますからしっかり噛んでくださいね」
それに「うんうん」と頷いてみさきは食べ進める。これぞうはみさきの向かいの席に座ると、頬杖をついた。そして、おいしそうに自分の作った飯を食ってくれる愛する女性を見つめた。
「うん?何?」
「いえねぇ、こういう朝もいいなってしみじみと想っている最中なのですよ」
これぞうが目を潤めてそんなことを言うものだからみさきは箸を止めて頬を赤らめる。
「先生は……やっぱりいいなぁ」
「教師をからかうんじゃありません!でもおいしいからありがとう」
これにはこれぞう、キュンと来ずにはいられない。
昨晩に引き続きこれぞう歓喜。今は邪魔者(この場合は五所瓦家の他の面々)もなく、愛するみさきと2人きりで食卓を囲んでいる。今この街でみさきと時間を共にしているのは自分のみ、これが歓喜でなければ一体何と呼ぶのだろうか。語彙の豊富なこれぞうにだって置き換えの言葉がすぐには見つからない。こうしてみさきと向かい合ってなら、白飯だけでも10杯いける。これぞうはそんなことまで想っていた。
「ああ、これは朝から心拍数が上がるなぁ」
「大丈夫?あ、昨日……蹴った所は何ともない?」
「ええ、先生の愛のボディコミュニケーションですからね、何てことはないですよ。まぁ、と言っても二発目はさすがに勘弁ですがね。布団と学校の机の上以外の場所で寝るなんてことはアレが始めてだったかもしれません」
「ごめんなさい。でも学校で寝てはダメよ」
「はは、気をつけますよ」
これぞうは他の家族が眠りの中にいて、今はみさき先生を独り占めできていると想っていた。しかし二人の死角であった居間の入り口付近から部屋を覗く三つの影があった。これぞうの姉と両親である。隠れて二人の幸せな朝の風景を見ていたのだ。
「ねぇねぇ、まるで仲良し夫婦の朝じゃない。二人いい感じよ~」とニヤニヤしてあかりが言う。
「これぞうめぇ、羨ましいじゃないか。あんな可愛い娘さんと素敵にモーニングタイムとは」と言う父の顔は嬉しそうであった。
「考えると、あの子があかりと桂子ちゃん以外の女子と普通に喋っているところなんて始めて見るわね。なんだか母としてこれは嬉しい。ところどころ普通じゃない話もしてた気がするけど」
他の家族は、これぞうの幸せの邪魔はしたくない、しかし見たくてたまらないという野次馬根性の下、楽しんで盗み見ていた。
「これぞう、今のあんたすごいいい顔してるわ。本当に幸せなのね」
あかりは感動していた。




