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第五十九話 この世はいつだって温故知新

「はぁはぁはぁ……」

 秋の闇夜に響き渡る吐息はこれぞうのものである。あたりに響くのは秋の虫の音と彼の吐息のみ。音質のことなる二つの音は融和性に乏しく、どこまでいってもマッチすることはない。

「はぁはぁ……」

 やがて彼の乱れた息もいくらかは落ち着きを迎える。そして吐息の後に彼が発した言葉がこれだ。

「天使だ……」

 これぞうが天使と評したものとは一体何か、その答え合わせをしよう。これぞうは今、田んぼだらけの通りに立っている。通りにはうらぶれたバス停があり、待合用のベンチが設置がされている。ベンチを見れば本日中はもう来ることのないバスを待って座っている人物がいるではないか。それがみさきであった。

 これぞうはゆっくりとベンチに歩み寄り、ゆっくりとしゃがむ。そうすればみさきと同じ目線になる。これぞうは自らが天使と例えた女性の穏やかな寝顔を見て、穏やかな寝息に耳を立てた。これぞうはみさきの寝顔を見るだけで幸せな気分になった。

 あれからこれぞうはみさきを探して街を駆けた。ソニックオロチシティは大都市ではないが、それでもヒントなしに街の中でたった一人を探すとなると、その広さは決して狭い範囲とはいえないものであった。しかしこれぞうは家を出て20分と経たずみさきを発見した。しかもこのバス停はみさきが始めて訪れた地で、彼女に縁ある場所でもない。

 広い街の中で、なぜこれぞうがこんなに人気のない場所を早い段階で捜索先に選んだのか、その理由を語ろう。

 これからみさきを探すとなった時、これぞうの頭に思い浮かんだ言葉は「木を隠すなら森の中」というものであった。この場合「木」をみさきに置き換えると、「森」の置き換えとなる人の多いに所にいけばみさきに会えると考えるのが妥当なところである。しかしこれぞうは平成生まれの中でもかなりの切れ者、そう安直に物事を考えはしない。

 彼の場合はこう考えた。「木を隠すなら森の中」、この教えは確かに高尚なものであり、人の心理と照らし合わせて納得のいく考えである。だが、これを誰かが最初に言って一体どれだけの月日が流れたか、それを考えると素直に納得も出来ないのがこの考えである。高尚な教えも広く知れ渡りすぎたなら、そのありがたみが消え、使い古された愚案となる。「木を隠すなら森の中」があまりにも使い古された考えであるなら、自分は意表を突いてその逆の心理で動く、それというのが「木を隠すなら森どころか草も花もない荒野」というもの。これがこれぞうの練り上げた最新理論だ。で、その理論の下に素直に動いたら、この通り人気のない場所でお目当てのみさき先生を発見できたのだ。これに加えて、単に愛するみさきを想うと予感が走ったということも彼をこの場所に導いた要因であった。理論と予感とが一致すればそれ即ち絶対的正解。


「これは、いつまでだって見ていたい愛くるしい寝顔だ。しかしだ、こんなところに寝かせておくと風邪を引いてしまう」

 ここでこれぞうは5秒考える。

「よし、家につれて帰ろう」

 これぞうはの特性の一つが即断即決というものであった。

 みさきを家に連れて帰ること、これは決定した。でも疲れて気持ちよさそうに寝ている彼女を起こして歩かすのは忍びない。そこで次なる考えが浮かぶ。

「よし、お姫様抱っこだな。このたくさんの荷物は後で回収に来るか、どうせこんな所には誰もこないから大丈夫だろう」

 ことが決まるとこれぞうはみさきの体に手をかけ、体を横にして抱きかかえようとする。

「ふん!ふっ、ふん?」

 上がらない。みさきが重いということはない。普段から摂生している彼女が身長に対して体重が重過ぎるということは誓ってありえない。上がらないのは単にこれぞうが力不足だからだ。

「ふぅ、これで家までなんてやってたら腕がもげるところだ。考えよう」

 そして次、おんぶすることにした。これぞうはみさきを起こさないように何とかおんぶの体勢まで持っていく。そしてみさきを背に負い、みさきの尻がベンチから離れるまでことが進んだ時、これぞうは不思議な感覚に陥る。みさきを背中に乗せると、自然と彼女の胸部に隆起する双子山がこれぞうの背中を押す。

「うぅ、柔らけぇ……ああ~悪くない、悪くないのだが……ダメだ、この感触を味わいながら何メートルも歩くのは……僕には耐えられない……」

 彼はウブだ。ならば、おっぱいに押される感覚に不慣れで当然。背中にそれを感じながら家路に就くといのうは、彼にとって半分は褒美で半分は仕置でもあった。これぞうならその感触の幸福感に押し負けてみさきを落とすかもしれない。という訳でこれぞうはまたみさきをベンチに戻した。その時躓いてしまい、これぞうはみさきの隣に尻を突いてしまった。

「わわっ、ふらついたぞ」

 これぞうはみさきが今ので起きはしないかと想って顔を横に向けた。

「う、近い……」

 確かに近い。この距離でみさきを見るとこれぞうの胸はドキドキと高鳴り、逞しい彼の理性の一部が麻痺し始めた。すぐにみさきから離れればよいものを、これぞうは動かない。動きたくなかった。彼の中では、このままみさきを見ていたいだけの気持ちを通り越した衝動が生まれていた。

「いや、いかん!僕は今何を考えた!それはいかん!」

 これぞうはみさきから顔を反らした。反らさなけばいけないと想ったからだ。胸が早鐘を打つのが止まらない。

「どうした、火事が起こったわけでもないのになぜそうまで鐘を打つ……」

 これぞうは内なる何かと戦っていた。

 これぞうは呼吸を整え、理性を取り戻した。

「ふぅ~、それでだ。先生をどう運ぼうか」そう言いながらこれぞうが自分の横に座るみさきに目を向けると、みさきの目がゆっくりと開くのが見えた。

 しまった。グズグズしている間に先生が起きてしまった。そう思いながらもこれぞうが陽気に「やぁ先生お目覚め~」とここまで言うとその先は言葉が続くことはなく、気づくとこれぞうは宙に浮いていた。これぞうは喋っている途中で急に無重力状態に陥った。

「きゃああ!」と叫んだのはみさき。そして叫びを発する前にも戦闘力に長ける彼女の防衛本能が働き、叫び声の最初の「き」を発音した時にはもう彼女の足は空を切ってこれぞうの横腹に強くヒットしていた。目が覚めると誰かが隣にいて自分を見ている。それは誰にとっても恐怖、ましてやみさきのような可憐な乙女からすると更に恐ろしいものであった。目を覚ました彼女は、恐怖から目の前の何かを、つまりはこれぞうを、これぞうだと認識せずに蹴り飛ばしたのだ。

 これぞうは急に得た浮遊感の正体が何か分かっていない。それほどにみさきの蹴りは速かった。そして一旦宙に浮いた彼が辿る先は、重力にまかせて地面に落下するのみであった。

「ぶおへぇぇぇ!」

 攻撃されたこと自体に気づかなかったため、これぞうは受け身も取れずに頭からもろに地面に落下した。

「え……ええ!五所瓦君!」

 先程とは立場が逆。みさきが目覚めると今度はこれぞうがのびてしまった。状況が飲めないみさきは、とりあえず、意識を失って地面に転がるこれぞうの看病をするのであった。

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