第五話 水野家の楽しい食卓
三話も四話もメインヒロイン不在というのもどうかと思うので、今回はメインヒロインに迫って行くことにしよう。
これぞうが色恋の達人たる姉あかりから例のゲームを借りて恋愛勉強中だった時、これぞうの意中の相手であるあの人がどうしていたのかを描こう。
ここで初めて明かそう。これぞうの恋の相手である本作のメインヒロインのフルネームは水野みさき。今年23歳になるまだまだお肌に水分多めなお年頃の乙女にして、社会人一年目の立派な大人でもある。
現在彼女は、ソニックオロチシティにある第二大蛇高校で体育教員をしている。飛んで跳ねてはもちろんのこと、球技、水泳、その他の武道にも精通している。彼女はこの春から、ソニックオロチシティの安いアパートを借りてひとり暮らしを始めた。
社会人になって初めての日曜日、必要な道具を取ってくる用もあって、引っ越して早々だが彼女は実家に帰って来ていた。
彼女の実家があるのは、ソニックオロチシティの二つ向こうの街、ポイズンマムシシティだった。
それでは社会人初の日曜日を彼女がどう過ごしていたのか覗いてみようじゃないか。
「お~いみさきちゃ~ん、カステラがあるよ~」
低い男然とした声で目一杯猫撫で声を出しているのは私の父である。
「お父さん!ちゃん付けで呼ぶのいい加減に止めてって言ってるでしょ」
「おっと、これはすまないなみさき。まぁとりあえずカステラをつつこうじゃないか」
父は22歳の娘に対しても小学生におやつをあげる感じで接してくる。優しくて良い人だけど、現在教育者の仲間入りをした立場の私から見ると、これはどう考えても甘い。いや、カステラじゃなくて父がね。
「ふんふん、あま~い。ほらほらお前も遠慮なくガブッといきなさい。もう一本あるからさぁ」
父はたっぷり舌鼓を打って渋いお茶を飲んで湯呑を置くと私にこう言った。
「でさぁ、みさき。家、帰っておいでよ」
「今帰ってるじゃない」
「じゃなくてアパート引き上げて」
「まだ一週間も住んでないのよ!なに言ってるの。あ、これ美味しい」
父は相変わらず分からない話をするし、我が家でいつも買ってくるこのカステラも相変わらず美味しかった。
「ただいま~」
妹のみすずが帰ってきた。高校一年生のみすずは、私の母校である毒蝮高校に通い始めたばかりである。
「おかえり、ソフト部どうだった?」
「うん、話に聞いてた通り強いところだね。もう入部届を出したよ」
みすずは在学時の私同様、ソフトボール部に入ることになった。
「もう友達出来た?」
「うん。隣のクラスの子で、一緒にソフトボール部に入る子。とっても格好良い子よ」
「へぇ何て子?」
「スミレっていうの。いい球を投げるよ。その子ね、一緒に通ってる同級生の男の子二人をいつも怒ってるのよ。でも何か楽しそうなの。その二人の男の子はどっちも変わり者で入学式から遅刻してきたの」
入学式に遅刻、そう言えばウチの学校にも……
「どこにも変な子はいるのね」
「お姉ちゃんの学校にもそんな子いるんだ」
「うん、それがね、新任早々桜の木の上から男の子が降ってきてね。その子も入学式に遅刻したのよ」
「えっ、何それ、変なの」
「みさき、気をつけろよ。生徒でも男ってのは危ないからな。初日からそんなワケの分からん男と出会うなんて父さん心配だぞ」言いながらお父さんはカステラをガツガツ食べていた。私にあれだけ勧めておいて一人でもう半分は食べている。
「ああっ!お父さんずるい!私も」
「おうおう、みすずもガツガツいきなさい。もう一本あるからな」
こんな調子でお父さんは娘を甘やかしといて、その実ほとんど自分でカステラを食べている。甘いの物好きで困ったお父さんだ。もういい歳だから甘い物を食べすぎて太らないように注意してもらわなければ。
「で、みさき帰ってこないの?父さん寂しいんだけど」
「帰りません。あそこから通います」
全く惚けた父だが、こんな感じで家族と過ごす時間はとても楽しい。
「お姉ちゃん、たまには帰って来てね。街二つ分の距離なんだから大したことないでしょ。キャッチボールの相手してほしいし」
「分かった分かった」
ここまで話終えた時、母が台所からやって来た。
「は~い、天ぷらあがったよ~」母は色んな野菜の天ぷらを持ってきた。
「は~い、天ぷら来たから、カステラはここまでね~」そう言って父はカステラを台所にしまいに行った。
え、何でご飯前にカステラ食べてたの?
父のデザート先行型の食スタイルには母もみすずもツッコまない。そうして家族4人で「いただきます」を言って楽しい食事が始まる。
私の社会人初の休日はこんな感じに普通に終わった。明日からは高校で頑張ろう。