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第五十八話 その眠気は抗うことの出来ない快楽

 熟考した結果、これといって次の案が浮かばないままにたみさきは時間切れを迎えた。お好み焼き店「大ひっくり返し8号店」に留まろうにも次々と客が来るので、用が済んだ身のみさきがいつまでも居座ることは出来なかった。

 現在みさきは、場末も場末のバス亭のベンチに腰掛けている。今日の最終バスは終わってみさき以外には誰もいない。周りには田んぼが広がるばかりで特に何もない。

 ここら一帯も先月までは蛙の合唱が聞こえていたが、今では鈴虫やくつわ虫などの秋の虫達の合奏が聞こえるようになっている。こんな困った状態になって、みさきは始めて今年も秋が深まったと感じた。

「鈴虫ってこんな音で鳴くんだっけ、何だか久しぶりに聞いたような気がする……」

 みさきは仕事疲れと先程得たばかりの満腹感によって眠くなっていた。

 眠い目でみさきがあたりを見回すと、バス停近くに自動販売機があるに気づいた。ここらは照明がなくてかなり暗い。自動販売機の明かりが一際輝いて見える。

「喉、乾いたな……」

 みさきは、お好み焼き屋にいる内におかわり自由の水をもっと飲んでおけば良かったと想った。

 みさきは重い腰を上げ、自動販売機までの数メートルの距離を歩いた。

「うわぁ、なにコレ、会社どこ?知らないジュースばかり。実家から街二つ離れただけでこんなに商品が違うものなのかしら。う~ん、どれも美味しくなさそうねぇ」

 考えてみると、これはみさきにとってこの街に越して始めての自動販売機での買い物だった。節約中の彼女は、基本的に自宅でティーパックのお茶を作って飲んでいる。ジュースなどの味のついた甘い水は基本的に飲まない。

「ううっ、ひやしあめが5個もあるんだけど、この街では異常に人気なのね。5個とも売り切れになっているし……」

 自動販売機のディスプレイ部分には二段に分かれてジュースが並び、各段10本で合計20種類並べることができる。で、20本中5本がひやしあめであった。 

「沼メロン、高気圧オレンジ、ツンドラアップル、ドロッドロバナナ……何だか嫌な名前ばっかり……」

 おかしな名前の商品が並ぶ中で、みさきがみつけた一番まともそうな物が次に上げる商品である。

「ピュアピュアザクロ、これにしようかしら」

 みさきが100円玉を入れると、一気に全てのボタンが赤く光った。てっきりみさきは120円か130円かと想って次に入れる10円玉も用意していたがどうやら全て100円のようだ。

「安っ、全部80円!うん?沼メロンだけ60円だわ」

 違った。100円よりもっと安かった。

 みさきはピュアピュアザクロのボタンを押した。ガチャンと音を立ててジュース缶が落ちてきた。自動販売機の買い物が久しぶりのみさきは、ガチャンと缶が落ちる音も久しぶりに聞いた。自動販売機に搭載されたルーレットがクルクル回り始めた。あたり付きの自動販売機だった。ルーレットは徐々にスピードを落とし、遂に止まった。

「あっ、あたりだ」

 なんとみさき、久しぶりの自動販売機であたりを引いてしまった。またガチャンと音がしてジュース缶が落ちた。二個目の選択権はこちらにないようだ。

「うっ、沼メロンだ……」

 あたりの二個目は沼メロンであった。不味そう。

「あれ、おつりが出てこない……」

 みさきがお釣り返却レバーをいじってもお釣りは返ってこない。本当なら20円が返ってくるはずだ。返ってこないものは仕方ないからみさきはバス停のベンチに戻ってピュアピュアザクロを飲み始めた。

ぬるっ、それに味も……」その続きが出てこなかった。不味くはない、しかし決しても美味くもない微妙極まる味だったのだ。そして自動販売機の中の温度は金をケチってか高めに設定されていたようだ。

 80円のコレがこの様だから、60円の沼メロンはもっと酷いのだろう。みさきは、100円で微妙なジュースと多分不味いジュースの二本を手にした。

「こっち、どうしようかぁ……いらないかも……」

 可哀想に、おまけの沼メロンは酷く迷惑がられていた。こんなクソみたなジュースでも大の大人が一生懸命作ったものだから、そう邪険にはしないでもらいたい。

 ピュアピュアザクロが意外にも美味しくなかったので、みさきは三分のニ程を飲んで缶をベンチに置いた。

「そういえばザクロってどんな味だっけ?これ、ザクロの味であってるのかな……」

 そういえば味を記憶する程頻繁にザクロを食べていたわけではなかったみさきはそんなことを想った。こんなジュースを作る会社のことだから、果たしてザクロ感をちゃんと出せている品を完成させたのかは確かに怪しい所である。しかし謎ジュース「ピュアピュアザクロ」の味が如何なるものかを知るのはみさきのみであり、結果がどうなのかは第二者、三者の知るところではない。

 腹も膨れ、喉の乾きも癒えたなら、彼女を襲う眠気の邪魔をするものはもう何もない。あたりは寒くもなく暑くもない。寝るには気持ち良いくらいの気温であった。やがてベンチに腰掛けたままみさきは眠りの中へと落ちていく。疲れと満腹が生み出す気持ち良くてトロトロした時間の始まりである。

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