第五十二話 甘やかすだけが愛じゃない
たっちゃんととこぞう、二人の話は終わり、今は二人の笑い声のみがその場に響き渡っていた。そしてその二人から少しばかり離れた林の中の割と太めの木に隠れて二人を見つめる者の姿があった。そう我らがヒロイン水野みさきである。
みさきは男二人が真剣な顔をして連れ立っていくのを見て「もしかして殴り合うのでは」という体育会系独特の観点から浮き上がる心配を抱えていた。そういうわけで木陰からこっそりと二人を覗いていたのだ。そんな彼女だが、どうやら顔が赤い。
(五所瓦君があんなことをたっちゃんに話すなんて……しかもあんなに真剣になって)
みさきはこれぞうが自分のことをあれほどまでに想い、恋敵だと想っていた相手に全てを託した潔い行動を見て、なんとも複雑な想いを抱いた。みさきはこの手の問題に決して疎いわけではないが、かといって経験豊富とまでもいかないので、これぞうの想いと行動については複雑なものを感じ、この気持ちが何なのかまだまだ整理がつかない。
ただそんなみさきでも先程のこれぞうの行動から、今度ばかりは彼の自分に向ける想いは本気のようであるとだけ分かった。この場合はそれだけ伝われば上等といえる。
みさきは男二人が親しげにしているのを見て安心した。しかし彼女の胸を打つスピードは不自然に速くなっていくのであった。
(いやいや、五所瓦君は生徒で、ちょっと年上の女性教師に興味が湧く年頃……というだけではない想いにまで達した気持ちを私にむけている……ああ、やはりだめだ、これはこの場では処理しきれない、安易に答えを出してはいけない)
みさきはそんなことを考え、湧き上がる自分の想い受け入れるでもなく欺くでもなく葛藤していた。
みさきが隠れていた林は公共のものであって、何も彼女一人だけの隠れ場ではなかった。複雑な想いに頭を悩ますみさきの姿を更にその後の木に隠れて見ているもう一人の女性がいた。それはこれぞうの姉あかりであった。
「ふふ、これぞうみたいに本ばかり読んでいるような歩みの鈍い者にこのお姉ちゃんが引けを取るわけがない。弟の後ならバッチリつけてここまで辿り着いたけど……男二人に加えてみさき先生からも面白いリアクションが見れたわ。先生ったらあれは少なからずこれぞうにときめいている。ふふ、今日はいつにも増して女子の顔になっているわ」
木陰からほくそ笑むあかりであった。
「だいたいこれぞうって猪みたいなところがあるんだから、ちょっとは考えがいかないのかしら。そもそも結婚と言っても、たっちゃんの相手がみさき先生であるとは確定していないじゃない。まぁ私は先生がフリーだってことはちゃんと知ってたからね。先生のあのミニマリスト丸出しの部屋、そしてそこにあるダンベルなどのトレーニンググッズの存在、あのような男っ気なしの生活感から答えは自然と導き出せるわ」
なんとあかりには全てが分かっていた。何せ地域一色恋に関しての知識を持ち、おまけに勘が働くのが彼女であった。そして、みさきに対してはちょっと失礼な物言いをしていた。
「そんなところで何をくすくす笑っているんだい姉さん?」
先程まであかりの数メートル先にいたこれぞうが林の中にいるあかりに声をかけた。
「ヌゥ!これぞう!さすがね、お姉ちゃんの気を感じ取ったのね」
「いや、僕は姉さん程敏感じゃないからそういうことはできないよ。ただ、姉さんの声がデカイからそこにいるのがわかったんだよ」
弟のこれぞうがそうであるように、姉のあかりも独り言のボリューム調整がポンコツであった。
「ふふ、良かったは女スパイとかしてなくて」
ポカをやらかしてもあかりのリアクションはクールなものであった。
「お~いこれぞうく~ん。こっちも捕まえたよ~」と向こうからはたっちゃんの声がする。たっちゃんはみさきの手首をガッチリ掴んでいた。
「ああ!みさき先生まで!二人してこんな林で何してるのさ。もうカブトムシなら出てこない時分だよ」
こうして隠れていた女二人は見つかってしまった。
「さーちゃん趣味が悪いよ盗み聞きするなんてさ」
「ごめんなさい。二人の感じが普通じゃなかったから、まさか喧嘩でもするのかと想って」
「先生ったら心配性だな。僕が人様の産んだ子供を遠慮なくボコスカできるような野蛮人に見えるっていうのですか、そんなことはしないですよ」
ここでこれぞうはあることに気づく。
「え、ということはさっきの話の方も丸っとお耳の方に?」
みさきはややうつむき加減で「うん」と首を縦に振った。
「ああ~恥ずい!」
これぞうは大変恥ずかしがっている。
「まっまぁ何ですな、ああして早とちりなんてのもたまにはあるのものですよ。ははっ、という訳で僕は転校なんてせずにこの地に骨を埋めましょう」
頬に汗してこれぞうは明るく振る舞った。
「ぷぷ、これぞうったらマジになってあんなこと言ってるから……ぷぷっ」
あかりはクスクス笑って弟の思い切った行動を思い出していた。
「姉さん、ひどいじゃないか。全て知っていたなら僕に話してくれたらよいものを、そうすればたっちゃんにあんな話はすることなかったのに」
「いいえ、あんたには自分で考えて行動することが必要だったの。私が答えを言ったなら、あんたは何も行動しやしないじゃない。今回はあんたがどこまでマジかを試すこと、そしてあんたが成長することを目的として答えを伏せておいたのよ」
「ふ、さすが姉さん。そこまでしっかりした訳があってのこととは、ライオンの親が子供に超厳しいっていうのを思い出すよ。弟でも甘やかしすぎることはしないっていう姉さんの教育論だね。これには感服、不満を言って悪かったよ。姉さんすまない、それからありがとう」
姉弟は見つめ合って今日の答え合わせを行っていた。
それを見たたっちゃんは「何とも不思議な姉弟愛だね、一人っ子の僕にはよくわからないよ」とコメントした。同感である。
これぞうはみさきを見て顔を赤くした。先程のことを聞かれていたのはやはり恥ずかしい。愛しいみさき先生を意識せずにはいられない。そしてみさきとしても今はこれぞうと目を合わすのが恥ずかしい。
「あ、たっちゃんは今日中に帰らないといけないんだから、結婚の準備もあるし」そう言うとみさきはたっちゃんの手を引いて家に帰ろうとする。
「ちょっと待ってさーちゃん」と言うとたっちゃんはこれぞうに駆け寄りの耳元で一言いう。「いいかい、押してダメなら引いてみな、なんて言うけどさ、さーちゃんを攻略するならそれは忘れていい。君はとにかく押すだけいいからね」それだけ言うとたっちゃんはみさきと共に引き返していった。
「なるほど~。たっちゃん、ナイスガイ」これぞうは両手を組んで頷いていた。
「じゃあ私達も退散ね。あーお腹減った」
「奇遇だね姉さん、僕も腹ペコさ」
「お好み焼きか牛丼ね、歩きながら決めようか。これぞう、あんたの奢りよ」
「はいはい、姉さんには世話になってるからね。まぁたまには良いさ」
姉弟は候補の内どちらを食うかを検討しながら仲良く秋空の下を歩いて行った。




