第四話 ヒロインにはまだ早い
「姉さん!」
僕はあかり姉さんの部屋に入った。
「ちょっと何よこれぞう、ノックしてゆっくり入りなさい」
「おっと、これはごめんよ姉さん。親しき仲の姉さんであっても、レディにはマナーが大事なんだよね」
「分かってるなら次からはそれを実行しなさい」
そういう姉さんは机に勉強道具を広げてはいるが、またノートにケツアゴ男を書いていた。姉さんはケツアゴが好きなのかな?
「で、何?そんなに慌てて、お姉ちゃんは今ケツアゴ……じゃなくて、勉強で忙しいのよ」
ほら、ケツアゴ言ってる。
「そりゃ慌てもするさ!一話で登場したメインヒロインが二話、三話で登場しないんだよ。あの人が見つからないんだ」
僕は田村先生に間違って恋文を渡したその後、学校で水野先生を見つけることが出来なかった。その日は大人しく家に帰ることにして、このモヤモヤした気持ちを姉さんと共有しようとしたのである。ちなみに先に言っておくと、この四話でもメインヒロインは出てきません。
「一話二話ってあんたはまた何を言ってるの?アニメの話なら今度にしないさいよ」
「アニメじゃない!」
僕は今日あったことを詳しく姉さんに話した。
「水野ねぇ、知らない女だわ。私が学校にいた時はそんな教師はいなかった」
「そりゃそうさ、今年来た先生だよ。春に学校を出て、教師になったばかりだって言うよ」
「え!てことはかなり若いわよね。ダブってなきゃ22か23かってところかしら」
「僕が今年で16歳になるから……このくらいの歳の差は問題ないね」
「あんたは何をもう付き合った気でいるのよ。で、水野何って言うの」
「え、水野としか聞いてないなぁ」
「あんたは本当に爪が甘いわね。学習装置でもあれば私の経験値を分けてあげたいわ」
「え、何だいその装置は?」
「まぁいいから。で、問題になったそのラブレター、見せてよ」
「うん、これだよ」
僕はポケットから手紙を出して姉さんに渡した。
「うん、うん……」姉さんは頷きながら手紙を読み進めて行く。
そして読み終わった手紙を机に置くとゆっくりと口を開いた。
「うん、無い。コレは無い!」
姉さんはきっぱり言った。姉さんは歯に衣着せぬ物言いが心地よい人ではあるが、自分に対してこれをやられると参ってしまうこともある。
「コレは水野先生に見られなくてよかったわね」
「やっぱりかい。田村先生にもそれとなく止めた方が良いと言われたよ」
「だいたいねぇ、あんたみたいな恋愛素人が、私に相談もなくさっさとこんなもの書いて渡そうとしてんじゃないわよ。あんたの思いついたらすぐ行動するところは良い所でもあるけど、コレは思いついた時点でアウトよ。何この文体?何時代?私もたくさんラブレターをもらってきたけどこんなのは初めてよ」
「そうか、姉さんが言うならきっとそうだね。渡さなくてよかったよ」
僕としては会心の出来と信じていたこの恋文は、どうやら色々と失敗な出来だったと分かった。
「それでなんだけど姉さん、田村先生が言うには、こういうのは直接口で言った方が良いってことなんだけど……」
「ああ、それはそうね。私もね、たくさんラブレターをもらったから分かるけど、字を読むの、面倒なのよ。言葉の方がスッと入って楽なんじゃない」
なるほど。字は面倒ときたか。
「それからあんたに決定的に欠けてる部分は、女心を知らないことね」
「女心、う~ん、言われてみれば理解できている自信がない」
「どうせそうだと想ったわよ。そうね、明日からは土日で連休だから……」姉さんはそう言いながら立ち上がると、机の横の棚をあさり始めた。
「あったあった、コレ!」
姉さんの手にはゲームソフトと思われるものが握られていた。
「はいコレ。これをやって、あくまで女子目線から一つの恋を追うことで女心を知りなさい。女のことは女からしか学べないわ」
「はぁ……」
僕が姉さんから受け取ったのは『ドキドキ同学年グラフィテーGirl's Side』というテレビゲームソフトだった。女子高生の主人公が、学園のイケメン達とドキドキな恋をするという内容のものだとパッケージの説明書きから理解できた。
「2日でコレをやって、丸っと恋愛のいろはを学びなさい。メインヒロインに登場してもらうのは、あんたの特訓が終わってからよ」
そんな訳で僕は土日に数多のイケメン達と数多の恋物語を楽しんだわけである。しかし姉さんがこんなものを持っていたとは、そして弟に勧めてくるとは……意外すぎる土日になったぜ。