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第四十八話 カツ丼の向こうに幸福を見たサタデーナイト

 あかりに焚き付けられ、これぞうは最初は嫌だった体育際に思わぬ形で参加することとなった。この体育祭に出たことについては、後になれば何だかんだで良いことだったとこれぞうは考えるようになった。そこのところには納得が行ったが、それでもまだ気にかかるのは、あかりがこれぞうのやる気を引き出すための出汁として使った「みさき先生とのデート」についてであった。これぞうは、みさき先生とのデートの件についてはまだ諦めがつかなかった。あかりの人生講座を聞いたところで、そこへのひっかかりはこれぞうの中では解決しなかった。これを何とかするには実際にデートするしかない。


「で、あんたはみさき先生とデートが出来たとして、どこに行きたいの?」とあかりが言った。それに対してこれぞうは「決まってるだろ、僕は兼兼かねがね考えていた。先生とカツ丼を食いに行きたいとね!」と返した。

 彼はとにかくみさき先生とカツ丼が食いたかった。

 デートでどこに行きたいかと聞かれた者の第一声がカツ丼屋、この返答をもらったあかりは、がっかりしたような、それでいて安心したような気持ちになった。


 そんな訳で、弟想いの姉はその願いを叶えてやることにしたのだ。体育祭が終わった次の週の土曜日、これぞうとみさきはカツ丼屋で卓を共にすることになる。

「はい、という訳で今日は体育祭の打ち上げ会を隠れ蓑にしての、これぞうとみさき先生のデートで~す。皆カンパ~イ」と音頭を取るのは地元で最もパーティ慣れした今時ギャルの代表格であるあかりであった。

「ふんふん、これが一般庶民の間で親しまれるカツドゥンね。中々趣ある料理、そして趣と言えばこの器もね、悪くないわ」金持ちゆえにこういった店に慣れていない桂子は珍しがってカツ丼リポートを始めた。

「ちょっと、あんたは呼んでないんだけど」

「何を言うの、あかりが食事会をするのにどうして私だけが蚊帳の外でいられましょうか、それに今日はみさきがいるのよ、だったら尚更家で退屈なお嬢様ライフをしているわけにはいかないわ」とやや謎なことを言って桂子はお気に入りのみさきの手を握る。

「あ!桂子ちゃん、気安く先生に触っちゃだめだよ」ヤキモチ焼きのこれぞう少年が口を挟む。

「そうね、みさきはこれぞうのだけど、何も取って食おうというわけじゃないわ。ただ、私は美しいものから癒やしを得たいの」日々の生活に癒やしが足りていない桂子は、早い段階でセクハラスイッチが入っていた。

「コイツ、ギリギリ未成年だから見逃せるけど、来年にはそれしてたら捕まるからね」とあかりは注意した。この世であかりがコイツ呼ばわりするのは桂子のみである。

「あなた達、いくら個室を借りていても店では静かにね」と言ってみさきは揃えば自然とやかましい三人に注意する。

「おいおい、何かすごい所に呼ばれたんじゃない俺達」キャラの濃い五所瓦と龍王院の血筋を目の前にして一般人の久松は面食らっていた。

「五所瓦君のお姉さん達も賑やかで楽しい人達ね」と近頃ではすっかり変人慣れした松野が答えた。

「松野さん、こっちはお姉さんじゃないからね」とあかりは桂子を指差す。

「あら失礼ね、私だってちゃんとこれぞうのお姉ちゃんよね」と言って桂子はこれぞうと腕を組む。

「違うんだよ松野さん、桂子ちゃんは従姉妹なんだよ」

 こうしてこれぞうにとっては体育祭に参加したご褒美的なイベントが開かれた。


 この日の晩、あかりはソニックオロチシティでは有名なシャレた店「カツとじ大明神」の一室を借りていた。「カツとじ大明神」は、カツを卵でとじることに半生を注いだ筋骨隆々なオッサン店主が切り盛りしている店である。カツ丼が看板メニューだが、料亭として機能しており、ちょっとした和の料理なら大体出来ちゃうという幅広いニーズに答えられる人気店なのである。

 あかりとしてはもちろんこれぞうとみさきを二人でデートさせてやりたかった。しかし教師と生徒がプライベートで二人きりで会うのは何かと楽しい噂を呼びよせるだろう。そこを心配したあかりは、だったら数を増やしてしまえと考え、これぞうの学友である久松と松野を招待した。それに自分を合わせて5人でカツ丼を突こうという腹であったが、どこで噂を聞きつけたか呼んでもない桂子まで上がりこんで来たのであった。

「先生、おビールがいるなら遠慮なくどうぞ。寄ってふらついても今日はウチの愚弟がナイトとして家まで送りますから。もちろんこれぞうは送るだけの羊ですから、狼に化ける心配はありません」

「そうですよ。僕はどこかの眼帯をした大佐ではありませんから狼になんか変身しません。かと言って羊のように大人しいものでもありませんが」と訳の分からないアピールをするこれぞうであった。

「いえ、私はお酒は飲まないので」とみさきは返す。

「これぞう、あんたもう食べ終わったの!」あかりはこれぞうの丼を覗き込んで言う。

「はっは、姉さんと桂子ちゃんが騒いでる内にも料理は冷めていく、出されたらさっさと食うことさ、美味さを損なうからね。それにしても美味いカツと卵と米だったよ。あと出汁もね」これぞうはカツ丼という料理を構成する食材の全てを褒めた。

「五所瓦って本当に食うのが早いな。ちゃんと噛んでるのかよ」と久松が言う。

「そういえば、いつかパフェを食べに行った時も恐ろしく速かったわね」と松野が言う。

 松野の発言に対してこれぞうを抜いた残りの4人が同時に「え?」と返した。

「これぞう、あなたはみさきという者がありながらこちらの可憐なお嬢様にまで手をつけているの?こちらの……とっても可憐で……ああ、あなたもいいわね」と話を途中で投げて桂子は松野を頬を撫でている。

「でしょ、この子も逸材なのよ」とこの前会った時に既に松野を気に入ったあかりも話に乗っかってきた。

 松野は二人に可愛がられることになる。

「おい、お前の姉さん達色々パワフルすぎるだろうが。例のあれだろ、パン食い競走の歴史に釘をを打ちこんだコンビだろ」と久松はこれぞうに囁く。

「そうだよ。君は間違っても二人を敵に回さないことだ」

 これぞうは想った。姉の計らいは素直に嬉しい、間違いなく感謝している。しかし、みさきと一対一が駄目なのは分かったとしても、これでは間に挟むものが多すぎる。そして率先してデートをデートでない何かに変えて行ってるのは他でもない姉その人、それと桂子であった。これでは愛するみさき先生との更なるお近づきが叶わない。

 しかし高望みはしても、とりあえず今目の前にある幸福に浸ることを忘れないのが彼であった。

「へへっ、まぁ何にしてもこうして学校の無い日にみさき先生を眺めることが出来るなら十分にラッキーだね」

 これぞうはニヤケ顔で幸福に浸っていた。

「よし、じゃあどんどん料理を持ってきてもらおうじゃない!」とあかりは意気込む。

 あかりはコース料理を注文していて、諸々の揚げ物とか刺し身とか汁物とかが次々と出来てた。最初に全員で食ったカツ丼はただの前菜にすぎない。松野はカツ丼で既に腹が一杯になりかけていたが、五所瓦と龍王院は大食いの血が入っているので三人して実に良く食う。そしてみさきも食べることなら苦になることはなかった。意外にもみさきまで良く食う体質であった。久松は程々に食うと戦線を離れ、部屋の隅に座って膨れた腹を落ち着かせていた。料理の多くはこれぞう、あかり、桂子、みさきの4人で平らげ、お残しは全くなかった。

 日々節約しているみさきとしては、これだけ食えるのは素直に喜ばしいことだった。会計はというと、桂子がカードでちゃちゃっと全額払ってくれた。金持ちとお近づきになっておけば何かとお得なのである。

 その日は各々が料理と幸福感で腹を膨らませ、ご機嫌なままに解散となった。

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