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第四十六話 夕焼けとスピードロック

 またまたこれぞうに体育祭種目参加の話が転がり込んできた。借り物競争に出場する予定の何とか君が急に腹痛を起こして競技参加不可能となってしまい、代走として暇人なこれぞうに白羽の矢が立った。

「僕は人から何かを借りるという行為はあまり好みじゃないんだな。だって、借りるよりも自分の物にしたいじゃないか。全然知らないB級映画をレンタル屋で借りたら思いの外気に入ったという時には、このまま借りパクしてしまおうって想うじゃないか」

「はいはい、お前の欲が強めの演説は分かったから、とにかく上手に指示されたものを借りてチームに貢献してみてくれ」

 うるさいこれぞうの扱いにもすっかり慣れてきた久松がそう言った。

「ふふ、僕は好みじゃないとは言ったが苦手とは言ってないよ。好き嫌いと得手不得手は別さ、この場合は好きじゃないが苦手でもない、僕にとってはそんな種目なんだね」

「じゃあ勝てるってのかい?」

「答えはプレイで見せてやる」とドヤ顔で返すこれぞうであった。昼飯を食って元気になってからは益々ウザい。

「そう言えば五所瓦の体は元に戻っているな」

 久松がそう指摘した通り、これぞうは今朝のマッチョな姿から元の細身の文学青年スタイルへと戻っていた。

「ああ、空き缶リレーが終わってからは緊張の糸が切れたんだな。アドレナリン出まくり状態もおしまいってわけさ。人は集中と緊張を高めることによってもう一段階進化できる。今日の僕がその証明となったろ?」

「お前ってどこまで本気でものを言ってるのか謎だよな……」

 二人がそんなお喋りをしている間に選手入場の時間となった。これぞうにとっては人生初の借り物競走である。


 次々と選手が借り物を終えては、同時に自分の役目を終えて行く。そして我らがこれぞうの出番が来た。

 グラウンドを走った先には長机が置かれていて、お題を書いた紙はその机の上にあった。これぞうは紙に書かれた借りてくる品をゲットするためすぐ様駆け出す。彼が向かった先は、先程まで一緒に昼飯をくっていたみさき先生のいる救急席であった。

「はぁはぁ、先生おねがいします」

 急にこちらに走ってきたこれぞう、このことからみさきには予感が走った。これはいつしか青春漫画でよく見るようになった借り物競争のお題が「好きな人」という例のパターンではないのか。みさきはまず間違いないないだろう想った。

「なんです五所瓦君?」

「先生これを!速く!」

 そう言ってこれぞうが広げた紙に、みさきは「好きな人」の文字を発見した。

「はっ!いっいけません、私たちは何というか……とにかく私が借りられてやることは出来ません」

「へっ?先生、これは借り物競争ですから、借りるのは人でなく物ですよ。何も先生丸ごと貸してとは言いませんよ。だからほら、その眼鏡」

「え?」と言うとみさきは自分のかけている眼鏡に手をかけた。

「ほら、眼鏡」とこれぞうが再び紙を見せたら、先程はこれぞうの常人よりも少しデカ目な手に文字が隠れて確認できなかったが紙には「好きな人のメガネ」と書かれていた。

「そういうことで、はい」と言うとこれぞうは開いた右手をみさきに差し出し、ここに眼鏡を置いてという意思表示をした。

「あ、ああ……じゃあ……」そう言うとみさきは眼鏡を外してこれぞうの手の上においた。

「はい確かに借りました。ではあとで返しにきますので」と言うとこれぞうはゴールへ一直線に駆け出した。

 みさきはちょっとした勘違いをしたようで、良く考えるとそうでもないのではといった想いになり、とにかく恥ずかしくなって頬が赤くなった。あんな風に取り乱したのは自分らしくないとみさきは想っていた。


 無事借り物競走は終了した。結果はというと、空き缶リレーのようにこれぞうが特別足を引っ張っというわけではないが、総合的に遅かったため、これぞうのチームはドベであった。

「五所瓦、お前あのお題で水野先生に突っ込んでいくとは大胆だな~」

「ははっ、知っておきたまえよ久松君。五所瓦の人間は皆して大胆なんだよ。おっと、これを先生に返しにいかなくては」

 これぞうはみさきの下に駆け寄ってくる。

「ありがとうございました。はい先生、お返しします」

「ええ、どういたしまして」

 みさきは少し顔を赤くして、受け取った眼鏡をかけた。

「うん?」そう言うとこれぞうはみさきの顔を覗き込む。

「……何?」とみさきは返す。

「いえ、先生……眼鏡無しもイケますね!これは眼鏡のあるなしのどちらにも良さがあるぞ。どうでしょう、週替りで眼鏡とコンタクトを交互に使い分けるというのは。そうすれば、本来なら憂鬱な休み明けの月曜日がかなり楽しみになってくるじゃないですか」

 これぞうは楽しい妄想に浸っている。

「五所瓦君の都合でそんなことはしません」

「あ~だめですか」

 そこから少し間を明けて、みさきが口を開いた。

「全く、君は借り物競走のお題に先生を使うなんてね」

「ああ、先生はお題が好きな人で、自分が連れて行かれると勘違いなさったんですね。まぁでも結果的には同じことですよ。好きな人もその眼鏡も丸ごと愛してますからね」

 ここでこれぞうはヘラヘラを止めてみさきの目を見る。

「あのお題に眼鏡と追加されていなかったとしたら、僕は迷わずみさき先生を選んでゴールまで手を引いて行きましたよ。好きな人を借りて来るってのがお題なら、先生の気持ちがどうであろうが、僕の気持ちが選んだ人を連れて行くまでですよ」

 今日のこれぞうは強引なまでにグイグイくるぞ。

 何を勝手なことを言うのだろうか、みさきは目の前の生徒に対してそう想った。しかしなぜだろうか、そんな勝手をほざかれて、自分の鼓動は通常時とは異なるアクションを取っている。明らかにスピードアップしている。今の言葉を受けてこの反応を示す自分の胸は、これぞうにときめいているとでも言うのか、いやありえないだろう、まだ決定打には欠けるのではないか。みさきはそんな風に想い、複雑な乙女心の整理に取り掛かっていた。

「では先生、僕はこの後は本当に応援だけなので、久松君や松野さんが走るのを応援してきますよ」そう言ってこれぞうは回れ右して応援席に帰っていった。この時、これぞうの胸も強く、そして速くビートを刻んでいた。あのこれぞうでもこのままみさき先生と対面するのは恥ずかしくて耐えきれなかったのだ。これぞうは赤くした顔を伏せてみさきの下を去っていった。

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