第四十三話 本気になれば、刮目して見られるまでに3日も有することはない
その日、これぞうは家に帰らなかった。翌日の木曜日は学校にも姿を見せなかった。あかりの携帯電話にはこれぞうから生存確認のメールのみが送られた。来る金曜日の体育祭に自分は必ず学校に姿を現すので、探すことなどせずとも良いという内容のメッセージが送られてきた。
五所瓦家の皆さんは、これぞうならたったの2、3日放っておいても死ぬことはないだろうと想っていた。木曜日の晩などは、これぞうを除いた家族揃ってお好み焼き屋に飯を食いにいってワイワイ騒いだ程であった。五所瓦家の面々は、ちょっと息子が家を空けたくらいでは動じない。
そして時計の針が進むままにきっちり時が流れ、遂に体育祭の行われるこれぞう的決戦の金曜日がやってきた。
その日の朝、丁度開会式が終わったくらいの時刻、生徒たちは校門に謎の人影を見た。それは、離れて見ても大きなものに見えた。なにを隠そうそれがこれぞうであった。水曜日の午後に失踪し、金曜日に再び校門をくぐったこれぞうは、輪廻の輪を廻って新たな生命をやり直したがごとく形相と体格が別人のように変わっていた。あと、普通に遅刻しての登校だった。
ざわつく生徒達、そんな中でこれぞうを我先に視界に捉えたのは、これぞうとは割と親しい仲の久松少年であった。
「お前もしかして……ご、五所瓦なのか!どうしたんだその体」
「ふっふ、なんだい久松君、はっきり僕だと自信なく声をかけたというのかい。僕が君を忘れたとしても、君が僕を忘れることには納得いかないなぁ」
そう答えたこれぞうの声は二日前より低くなっている気がした。
これぞうは文学青年然とした華奢な体をたった二日で筋骨隆々と言えるまでに仕上げて来ていた。それは体がニ周り程大きく見えた程であった。ドーピングと疑われても納得の行く進化であった。
「お前、この短い期間でまたすごい仕上げ方をしてきたな。どうしたんだこれは、てっきりお前はサボりかと想ったよ」
「ふふ、戦う理由が出来た。だから戦って競り負けない体に仕上げたまでのこと」
「それにしてもコレは……なんというかまぁ、お前ヤバイアイテムなんて使ってないだろうな」
「ふふ、リアル路線で歩んで来たこの物語において、急にファンタスティックな要素を放り込んだなんて想っているようだが、これは僕の実力のみでこうなっているのさ。男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言うけどさ、僕の場合は三日もいらない。二日あれば刮目して見るに値する成長を遂げることが可能ってわけさ。何でも集中してやるべきだね」
「ああ、何言ってんのか謎だけど……とりあえずお前遅刻だから、田村先生に来たことは言っておけよ」
そこへ松野も合流する。
「うわ~五所瓦君、すごい逞しくなったね」
「はっは、松野さんは相変わらず二日前と同じスタイルだね」
「いやだ、それってセクハラぽくない?」
「はっは、失礼失礼。その点については姉さんにきつく言われているのだけど、今日は油断したな~。はっは~」
松野は普通に声をかけて、これぞうと談笑していた。
「いやいや、松野さん、この進化にツッコミはいれないの?」
久松はまだまだこれぞうの変人ぷりに慣れていなかった。
「五所瓦君、いままでどこにいて、どんなトレーニングしてたの?」
気になることを聞いてくれたのは松野であった。
「ああ、水曜日の昼に学校を出て、とりあえず河原にいったんだよね。僕は困ったら河原に行くと決めているんだよ。と言っても、ここまで困ったのは人生初で、悩みを抱えて河原に足を運んだのもまた初めてなんだけどね~」
相変わらずこれぞうの話の進むペースは悪かった。
「するとね、背中に大きな竹籠を背負った中年のおじさんが川沿いを歩いてくるじゃないか。僕はすぐに想ったよ。この人はなにかしらの拳法だか暗殺拳だかの使い手で、教えるのも得意じゃないのか、ってね」
松野はうんうんと頷いて聞いている。松野はこれぞうの語りが割と好きだった。
「そのおじさんはね、空き缶をたくさん拾って竹籠に溜めていたんだ。おじさんは二つの向こうの街からやってきたと言ってたよ。何に使うか知らないけどとにかく空き缶を集めている人なんだ。おじさんは外で寝るのに慣れていて、僕も二晩はおじさんと一緒に野宿したのさ。僕はそのおじさんにかくかくしかじかで体育祭で勝利を掴めるようになりたいと頼んで、水曜日のわずかな時間と木曜日一日はおじさんのトレーニングをみっちり受けたんだ」
「へぇ~そんな映画みたいなことってあるんだね~」と松野は返す。
「あるさあるさ~。映画みたいな~って言っても、その映画だって現実世界に生きる人間が考えてるんだから、彼らの想像で作る世界だって、現実世界にあってもおかしくないのではと僕は想うわけだよ」
これぞうはいつも通りペラペラ喋っていた。
「で、どんなトレーニングをしたんだ?」と久松は問う。
「ああ、それはそれはきついものでさ、こんな所ではとても言えないよ」とだけこれぞうは返した。
「それよりもさ、僕の出る競技はどうしたんだい?」とこれぞうは久松に問う。
「ああ、五所瓦は20人21脚の選手だったけど、当日まで一回も練習してないお前を本番で使うわけにはいかないってのがクラスの総意で、今朝正式に選手変更が行われた。お前首な」
「へっ、これは奇妙な!」
「それでなんだが、お前は代わりに午前の部三番目に行われる空き缶リレーに出ることになったから。そこで無駄に鍛えたその体を活躍させてくれ」
「ふふ、足腰全てを鍛えたのだから、早く走ることもお手の物と来ているよ。どうやらこの9月は空き缶に縁があるようだ。ぶっちぎりの一位、頂きにかかろうじゃないか」
この時これぞうは、空き缶リレーが脚力重視の種目でないとまだ知らなかった。彼はバトンリレーのことをイメージしていて、バトンを空き缶に代えて、後は同じルールでやると想っていたのだ。




