第三十話 これぞうとみさきのメモリアルな夏
泥棒は伸びていた。これぞうは間抜け面で伸びている泥棒を見下ろした。
「盗みを働き、その上愛しのみさき先生にまで手をかけようするとは……そんな愚行に走ったのには苦しい事情があるのかもしれないが、貴様がやったことはこの国の法律と、そしてそれよりも行動の優先権を持つ僕の感情が許さない。よし、そのポカンと開いた口に残りの水を食らわしてやろう」
これぞうは、水鉄砲に残った残弾(池の水)を泥棒の口に流し込んだ。
「ちょっと五所瓦君、もう止めなさい」
「みさき先生、無事で良かったです。この悪漢が先生に襲いかかった時にはどうなるかことかと想いましたが、いやいいやアッパレお強い!」
倒れた泥棒を挟んで二人が会話をしている所に、この泥棒に財布をすられた女性が駆けてきた。
「あ、ありがとうございます」
女性は息が上がる中で二人にお礼を言った。これぞうは泥棒のズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「ふむふむ、これですなぁ。奥さん気をつけて下さい。これだけの有象無象が一つ所に集まれば、皆が皆善人であるとは限りません。こうして悪者も潜んでいるものですよ」
これぞうは偉そうな説教をおまけに付けて財布を女性に返した。
「あ、ありがとうございます……それから私は独身です」
「おっとこいつは失礼しました」
女性は泥棒を見下ろして不思議に想った。気絶していて、股間が濡れ濡れであったからだ。
「これは……一体……」
これぞうが股間に水鉄砲を打ち続けたので、事情を知らない者が泥棒を見ると、大失禁をかまして気絶しているように見えるのであった。
「あ、財布が少し濡れましたかね?でも大丈夫ですよ。それはあそこの綺麗な池の水であって、この男が漏らしたものではありませんから」
これぞうはちゃんとフォローしておいた。
被害者の女性に続いて、何人かの野次馬がこれぞうとみさきの周りに集まってきた。
「あ、人が、どうしよう」
人が集ってきたことにみさきは戸惑っていた。
「先生……」
これぞうは困っているみさきの顔を見た。
「御婦人、警察を呼んで下さい。そして今こっちに向かってきているお祭り関係者連中に言って、その泥棒の手足を拘束しておくことです。息を吹き返して逃走を計るかもしれませんから」
そこまで言うとこれぞうはみさきの右手首を掴んだ。
「では、行きましょう先生!」
「え!何、五所瓦君」
これぞうはみさきの手を引いて駆け出し、その場を離れた。
人混みを避けるようにして林を抜け、二人は夏祭り会場近くの大蛇神社の前に来ていた。ここは屋台が集中する箇所からは少し離れているので、明かりが少しばかりしか届かない。辺りには誰もいなかった。
「ふぅ、いやいや、思わぬ捕物に立ち会ったものだ。しかし僕と先生との初めての愛の共同作業が盗人を捉えるなんて内容になるとは、これは異質にしてメモリアルな夏になったぞ」
本当はその前に田村の手柄があったので、実質三人での作業になったということをこれぞうはまだ知らない。
「ちょっと君、なんでこんな所まで逃げるように走ることがあったの?」
「だって僕たちに人目が集まってきましたからね。先生がお困りだと想って、それに僕たちの逢瀬は見世物ではありませんからね」
「あなたねぇ……こんな状況でもそんな感じなのね」
「ええ、僕はいつだってこうですよ。それにしても先生はお強い。さっきの投げ技なんて格好良かったなぁ。速くてよく見えませんでしたよ」
これぞうはみさきと向かい合って真面目な顔になる。
「先生、一応確認しますが、お怪我はないですか?」
「あ……大丈夫」
これぞうが本気で自分を心配しているとみさきにも分かった。
「良かった良かった」
これぞうは笑顔で答えた。
走り終えた二人が一安心した時、空で「ヒュー」という音が鳴り、次には「バーン」という音がして、闇夜に大きな花が咲いた。
「おお!花火だ。綺麗なものですね」
丁度花火を上げる時間になっていた。
「本当、綺麗ね」
そう言うみさきの横顔をこれぞうはじっと見つめる。そして「ええ、それはもう……」と同調した。
偶然にもこれぞうは、好きな女性とそこそこに整ったムードの中で花火を見るという光栄に預かることができた。
「夏祭りもたまにはいいものじゃないか」
これぞうは心から想ったことを口にした。
「五所瓦君、今日はお手柄だったから、コレ、あげるね」
そう言ってみさきがこれぞうに渡したのは、田村からもらったたこ焼きの無料引換券だった。
「やや!こいつはまたまた儲けものだぞ!あの美味いたこ焼きがまた食べれるなんて!」
これぞは手放しで喜んでいた。
「私は田村先生のところへ戻ってこの騒ぎの報告をしなきゃ。五所瓦君は早くお店に行きなさい。売り切れちゃうわよ」
「はい先生、ありがとうございます」
「こちらこそ、泥棒を捕まえるのを手伝ってもらって助かったわ」
こうしてこれぞうの楽しい夏祭りは終わりを迎えた。泥棒を捕まえる手柄をあげ、そしてみさき先生ともたっぷり同じ時を楽しめたので、その日の彼は大変ご機嫌に帰路についたのであった。




