第二十二話 兄弟とは仲良きもの、そうあって欲しいもの
「つぎはこれ、カレイですね。これはとても美味しい魚なので、我が家の晩ご飯に出た時には小躍りしてしまいます」
「まぁ、これぞう君っておちゃめなのね」とみすずは言う。
「ええ、多くの男は本質としておちゃめなものですよ」
これぞうツアーはまだ続いていた。みすずはこれぞうの解説を楽しそうに聞いているし、みさきもこれはこれで面白いかもしれない、少なくとも退屈なものではないと思い始めていた。
「こいつなんて、魚の中でもこれまた一段と何を考えているのか分からない顔をしているでしょ。だいたいこのフォルムですよ。多くの魚とは明らかに異なるものでしょ。地上よりも浮力の働く水の中で暮らしているなら、多くの魚がそうしているように優雅に泳ぐがいいと想うところを、こいつと来たら海底にへばり付いているのを常としている。浮力があっても地に足を付けての人生を選んだってわけです。水の中で暮らすのにこの生き方をするのはある種の反骨精神と捉えることが出来るでしょ。このロックな感じがいいんだな~」
(この子はまた、魚一匹に対してどれだけのドラマ性を生み出し、そして思い入れをもっているのだろか。本当に魚が好きみたいね)とみさきは想った。
「これぞう君って考えることがドラマティックなのね」とみすずは言った。
「この年頃の男子はだいたいがそういう風になってるものさ」どこの統計を元に言ってるのか謎だが、これぞうは自信たっぷりに言い切った。
その後、これぞうは水野姉妹と共に館内を一周した。思い入れのある魚があればいちいち説明するスタイルはそのままだった。三人でイルカショーを見て、夏季限定の「アマゾンのヤバイ生物展」も見て周った。
そして休憩ということで館内の飲食スペースに寄った。
「ここでのおすすめメニューは、間違いなくソニックオロチ塩ソフトですね。海の生き物を集めた場所だけに塩なわけですよ。はっは~」これぞうはご機嫌におすすめメニューまで説明する。
「五所瓦君、あなたの知識力は本当にスゴイわね。知っていることでも、それをさっと引き出して言葉にするのは結構難しいものよ。それだけ頭が回ってペラペラ喋ることができるなら教師に向いてるんじゃない?」みさきはこれぞうのお喋りは身を助ける芸に繋がるのではと思い始めた。実際彼の魚に対する知識と愛情は舌を巻くものであった。
「博識だなんて、僕はこれまでの人生における生活圏で見たものしか知っちゃいませんよ。博識と呼ぶにはまだまだ知識が足りてませんね、なにせ15年しか生きていない。そんなうんちく博士みたいになるよりも、今はみさき先生のことが知りたいな」
「えっ……」
出し抜けも出し抜けにこれぞうは愛の囁きを行う。これにはみさきは驚いた。
二人は館内喫茶店の白い椅子に腰掛けて、塩ソフトを舐めていた。みすずの分はまだ出来てないので、彼女はまだレジ前にいた。
「ちょっと、妹の前ではそういうのよしてよね」
「ほほぅ、妹さんは僕のことは知らないのか。まぁ良いでしょう先生がいうなら」
「おまたせ~ってこれぞう君はもうたべちゃったの?」みすずが合流した時にはこれぞうは塩ソフトをペロリとやってしまっていた。
「まあね。コーンに乗っかったその時からソフトクリームは鮮度を失っていく、なるたけ早くたべなきゃ。ただでさえ暑いんだ、溶けたらもったいない」
「ふむふむ、これぞう君は飲食に対してもストイックなのね」
「五所瓦一族はだいたいそうですよ。あかり姉さんだけは物事をかなり適当に行う部類にはいるけどね」
「へぇこれぞう君にもお姉さんがいるんだ」
「五所瓦一族の子ははだいたいが姉と弟のコンビという風になってるんです。僕のお父さんもお母さんもそうなんです。不思議なものでね」
「お姉ちゃんはあかりさんに会ったことがあるの?」みさきを見てみすずが言った。
「ええ、あるわ。かなり強烈なお姉さんよ」みさきは想ったままを答えた。
「はっは~、そりゃ違いない。あかり姉さんを表現するにはその言葉に限るな~」
それから三人は塩ソフトを味わいながらしばらく談笑した。
そして陽も暮れてきたので水族館を出て解散することになった。
「いや~今日は楽しかったな~みさき先生に会えて。それに妹さんにまで~」
「みすず」妹は名乗った。
「へぇ?」これぞうは不思議そうにみすずの顔を見た。
「私、みすずよ」
「ああ~そうか~これは失礼、みすずさんともお近づきになれたしね」
「さんは何か堅いなぁ~」これぞうの顔を覗きこんでみすずが言う。
「じゃあ、みすずちゃん」これぞうはすぐに切り返す。
二人を見たみさきは、そういえば妹は同級生の男子とどう接するのか、知ってるようで知らなかったと気づいた。みすずは物怖じせず実に自然な感じで男子と口を利く。みさきも学生時代には男子とたくさん喋ったが、みすず程フランクにはいかなかったと思い出した。
「では、先生もお気をつけてお帰りください。また出会うことがあればご一緒しましょう。僕は季節を問わずここに出入りしていますからね」
水野姉妹はこれぞうと別れた。
みすずは今日、姉のアパートに泊まることになっている。二人は並んで帰路に就いた。
「ねぇお姉ちゃん、これぞう君ってお姉ちゃんのこと好きでしょ。そう思わない?」
「はあ~!!」
妹に隠しておきたかった真実を、当の妹からずばり言い当てられたのでみさきはさすがに驚いた。これぞうと別れて歩きだしてから数十メートルの距離でもうこの話題が出た。
「みすず、五所瓦君になんか聞いたの?」
「ううん、魚の説明以外は何も」
「じゃあ何でそんなこと分かるの?」
「分かるよ。これぞう君のお姉ちゃんを見る目は、魚を見る時とも私を見る時とも全然違うキラキラした目をしてた。ただの先生をあんな風には見ないわ」
まただ。教え子の松野からも同じことを言われた。しかしみさき自身ではそのキラキラした目で見られていることにいまいち実感が得られないのであった。
「そっそんなに、あの子って目で物を言ってるのかしら……」
「うん、言ってるよあれは」
少年の恋心については姉のみさきよりも妹のみすずの方が敏感であった。
「そうかそうか~やっぱり!お姉ちゃんってモテるんだ~」みすずは姉が生徒からモテることが誇らしかった。
「ちょっとみすず、違うからね。あんたの想ってるようなことじゃないと想うわ」と言いながらみさきは、嬉しくて小走りする妹の後を追いかけた。
水野姉妹もまた、五所瓦姉弟のように仲良しである。兄弟とは元来そうあるべきものである。