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第二十一話 この夏始まるこれぞうツアー

 これぞうが高校生デビューを飾り、みさきが社会人デビューを飾った春は過ぎ、ソニックオロチシティにはすっかり夏が訪れた。街を行き交う有象無象の皆さんはすっかり半袖シャツに衣替えを行っていた。

 そんな夏の始めのある週末、水野みさきの可愛い妹の水野みすずは、姉の新天地たるソニックオロチシティを訪れていた。5月のゴールデンウィークに姉の様子を見に行く予定だったのだが、肝心のみさきが部活の顧問とかその他色々の面倒のせいで落ち着かなかったために今日まで見送ることとなったのだ。

 みすずは、想ったよりもボロいアパートに姉が暮らしていたのにビックリしたが、これはこれでノスタルジックで良いとも想った。

 みさきは遥々遊びに来た妹を連れて街を案内した。ソニックオロチシティには人気の観光スポットである水族館がある。水野姉妹はソニックオロチ水族館に訪れた。ここには毎年多くの客が訪れる。その多くの客の中にはあいつも紛れていた。


「おやおや!これはみさき先生ではないですか!」

 料金所を抜け、入り口をくぐって一番最初に客を迎えるのは館内で一番デカイ水槽である。ここには十種類くらいの魚類が優雅に泳いでいる。その一番最初に客を待ち受ける水槽にへばり付いていたのが何とこれぞうであった。水野姉妹は入場して二十秒でこいつに見つかった。

五所瓦ごしょがわら君!どうしてここに!」同じ街にいれは学校以外で出会っても当然のこと、そうは頭で理解しても何も水族館で、しかも入ってすぐに会うなんてことがあるのもか、と想いながらみさきは言った。

「どうしてもこうしても、僕はまずこの建物自体の落ちついた雰囲気が、次に水槽の中を優雅に泳ぐ魚達が大好きだからここに良く来るんですよ。あっ年間パスだって持ってんるんです」そう言ってこれぞうは年間パスを見せた。

「え、一人で?」

「ええ、一人で。どこを探しても二人目は出てきませんよ」とこれぞうは返す。

「お姉ちゃん、誰?」姉のシャツをクイッと引っ張ってみすずが問う。

「おやおや、そういえば先生のお隣にいる御婦人はどなたか……よく似た顔をしてますけど先生の子供にしては大きいし、街でたまたま見つけたそっくりさんを引っ張ってきたという訳でもなさそうですね」

「普通に妹だってことは思いつかないのかしら?」これぞうがわざと答えをはずしにきているのを察知してみさきは返した。

「妹さん!これはこれは、僕は五所瓦ごしょがわらこれぞうと言います。先生と同じ学校の生徒をやってます。先生の授業を受けたことはないけど、色々と厄介になっています」

「私は水野みすず、みさきの妹で高校一年生です。姉がお世話になっています」みすずは笑顔で返した。

 みすずはこの段階で目の前のこいつはちょっと変な奴だと気づいていた。この街に変な奴がいるように、他の街にだって少なからず変な奴はいる。みすずはソニックオロチシティの二つ向こうにあるポイズンマムシシティからやって来た。そのポイズンマムシシティにあるみすずが通う毒蝮高校にもこの手の変人は何人かいた。みすずは変な奴には多少の慣れがあった。

「ほぉ、ということは妹さんは僕と同級生ですか。これは奇遇だなぁ~」

 みさきは何が?と想いながら談笑する生徒と妹を見ていた。

「どうです先生、僕は年間パスを有するくらい頻繁にここに足を運んでいるので、一通りの案内ができますよ。もうほとんどスタッフ並にここのことは知ってますから、今日限定のこれぞうツアーをご利用になりますか?」

「じゃあ、おねがいしよ~」姉に相談もなくみすずはこれぞうツアーに乗っかった。先程説明した通りみすずは変人慣れしている。加えてその大らかな気質によって、この手の人間のことは苦手ではなく、むしろ普通に面白いと想って好いていた。

「え……いいのみずず?」と言ったみさきは、その次に「その変なのと一緒で?」と付け加えそうになったのを堪えた。


「では案内しますね。まず僕がさっき見ていたこの大きな水槽。これだけ大きいですからね、大便を4千回流せるくらいの量の水が入ってるんですよ。すごいですよね。このデカイ中に10種類くらい色んなのが泳いでいるんです。どうです、皆勝手な方向に泳いで、何を考えてんだか分からない顔してるでしょ~」

 そんなこれぞうも何を考えているのかイマイチ読めないと想いながらみさきは水槽を眺めていた。

「で、ここで僕のおすすめするのはあそこを優雅に泳いでいるエイです。エイは見た目こそいびつですけど鮫の仲間なんですよ。まぁ互いに仲間意識があるかは別のことなんですけどね。僕があいつのどこが好きっていうと、あの真っ白なお腹ですよ。エイは表と裏で見た目が全然違うんですよ。あの表裏がきっぱり別れている感じは、陰険で狡猾な女性の世渡りのテクニックを見ているようでなんとも感慨深いものがあるじゃないですか。魚の腹一つ見てもドラマありなんですよね。こんな感じでエイの腹は人のイマジネーションを豊かにします」

「はぁ……」と口を開いてみさきはエイを目で追っていた。そして一体どこで仕込んだセリフを喋っているんだろうと想いながらこれぞうを見ていた。これぞうは本当に楽しそうに水槽に目をやっている。

「へえ~すごいね~面白いね~」と笑いながらみすずはこれぞうツアーを楽しんでいた。


「次はこいつです」

 これぞうツアーは次の水槽へと進んだ。

「あ!これウツボね!」みすずは先に言い当てた。

「そう、よくご存知で。僕がこいつを初めて知ったのは現物じゃないんです。その昔、僕は『スーパーマクダフ28000』という恐らく22世紀になっても名作と語り継がれるであろうゲームソフトにはまったことがあります。そのゲーム内で、主人公青年マクダフは海のステージに挑戦します。彼が海に潜ると、彼の体の10倍を越えようかというくらいの巨大ウツボと対峙することになるんです。僕がウツボを知ったのはその時でした。たかがゲームといっても、マクダフに対してあそこまでデカいウツボを見ると、僕は怖くなったのです。でも不思議なもので、恐怖ってのは好きに通ずるものがあるのですね。怖いも好きも大きな感情の揺らぎに違いない。相反する感情のようで、もとを正せば同じようなものなんですよね。大いに意識したということでは一緒です。という訳で、僕は恐怖から始まってウツボに興味を持ち、今ではすっかり好きなんですよ。これと同じ理屈でもって、僕は怖いと想いながらも好きなものだからホラー映画観賞が止められないのです。それにしてもこいつ可愛いでしょ~」

「うん、可愛いね~。これぞう君は説明が上手で哲学的なことも言うんだね」みすずはこれぞうのエスコートを大変気に入っていた。

「そのゲームなら私もやった。家にあるわよ。確かにウツボがいたわ、大きのが。アレ、不気味で怖かったのよね。子どもたちの間ではちょっとしたトラウマものよ」みさきはゲームをプレイ済みであった。

「ほぉ。さすがに学校教員ともなるとなかなか博識でいらっしゃる。先生に僕の好きなゲームを知ってもらえてるとは嬉しいなぁ~」

 ここでみさきは気づいた。これぞうが自分に対して友好的に接している。そういえば、みずずはこれぞうのことを何も知らない。これぞうが自分を好きなことを知ったら妹に何と思われるか、みさきはそんなことを気にしていた。


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