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第二十話 その指にtouch!

「これぞう、これぞう!ちょっとどうだったのみさき先生とは。何かあったの?決定的な男と女の何かあったの?早くお姉ちゃんに土産話をよこしなさい」

 みさきを家に送って帰宅したこれぞうを前にして、姉のあかりは大変はしゃいで質問してきた。

「ちょっと姉さん落ち着きなよ。奥ゆかしい女子大学生らしからぬはしゃぎようじゃないか。ゆっくり話すからさ。あっ、それから土産と言えば、話の前にズバリ本当のお土産がここに」そう言ってこれぞうはビニル袋に入った半解凍状態の冷凍肉を取り出した。

「これ、明日の僕らの朝ごはんだよ。みさき先生の買い物の一部をお土産に貰ったんだ。確かブラジル産の鶏のもも肉で、二キロで数百円の商品なんだ。先生ああ見えて体育会系だから良く食べるんだよ。健康的で素敵だな~」

 これぞうは肉を片手にデレデレしていた。

「で、その生肉どう調理するのよ?」 

「ああ、心配ないさ。こいつは粉をちょちょいと付けて油でカラッと揚げてあげるよ」

「小麦粉か片栗粉のことを言ってるんでしょうけど、その粉っていう通ぶった言い方止めなさいよ。色んな粉があるんだから、何か危ないやつを連想しちゃうじゃない」

「ははっ、察しが良いな姉さん。僕の唐揚げはその小麦粉と片栗粉の両方をブレンドした粉で揚げるのさ」

 この春から料理に凝るようになったこれぞうは、料理を既に特技にまで昇華させていた。


 これぞうはとりあえず肉を冷蔵庫に入れて、それから姉の部屋に行った。そして二人はいつもの通り二人並んでベッドに腰を降ろして話を始める。

「まぁ先に行っておくと、僕はまだ学生で未成年なわけだから所謂いわゆる送り狼的にひつじぜんとした腐女子に☓☓(チョメチョメ)な行為を仕掛ける、なんてことは一切していないからね」

「あんたチョメチョメとか古いわよ~」

 五所瓦姉弟の報告会はいつも通りの談笑のスタイルで行われた。

「まぁちょっと驚いたのが先生が住んでるアパートさ、あの『メゾン・オロチ』だよ」

「え~と何だっけそのアパート?」

「ホラ、こないだ姉さんと僕とでラーメン屋に行った帰りに姉さんが、もし結婚して家を出て、新婚生活がここからスタートだったら結婚は無しにして家に帰るわとまで言ったアパートがあったろう。あの建物がまさにその『メゾン・オロチ』だよ」

「ええ!あのボロに先生が!……先生可哀想……」

 あかりが愛の力を持ってしてもここでは新生活をスタート出来ないとまでに酷評したアパート、それが「メゾン・オロチ」であり、現在みさきはその一室に住んでいる。このアパートは築40年だか50年だかと色々言われている古い建物であるのだが、詳しいことは私にも分からない。

「ああ、そうなんだよ。あの美しいみさき先生が随分ボロな家にすんでるからさ、だったら空いてる部屋がある僕の家にくればいいのにって想ったよ。ほら、『男はつらいよ』で寅さんが留守の間は誰かに部屋を貸して金を貰っていたことがあったろ、あんな感じにしてさぁ。というかみさき先生ならタダでいいし、そのままお嫁さんになってもらってもいいなぁ~」と話が横道にそれ、これぞうは妄想を膨らませてデレデレしていた。

「まぁそこらへんの検討は後にするとして、その先よ。どうなったの」

「おっと、僕としたことが……で、先生の部屋は二階だったんだよ。僕は、重い物を持って女性に階段を登らすなんてことはさせてはいけないと想い、階段を登る時にはみさき先生が持っていた方の荷物も全て預かったんだ」

「うんうん偉いわよこれぞう、ジェントルマンに育てただけはあるわ」

「うん、でもね姉さん、弘法大師が筆を誤り、猿が木から足を滑らすがごとく、このジェントルマンもうっかりをやってしまってね。荷物が重くて体がぐらついた時に玉ねぎを落としちゃってさ、階段の下に向かってコロコロ落ちていくのさ。時刻はもうとっくに夜だから、静寂の中、玉ねぎが階段を落ちていく音が闇夜に響くんだよね。なんだドキッとしちゃったよ」

「あんたは爪が甘い。筋トレして力を付けておきなさい」

「そうそう姉さん、話はその筋トレなんだよ」

 ここであかりは海苔煎餅をバリッっと齧った。

「ふむふむ、筋トレがどうしたの?」

「姉さん……僕にもおくれよ。話はそれからさ」

 姉弟は話の途中ではあるがモグモグタイムに入った。少し前にお好み焼きを食べたばかりなのにだ。

「でね、先生は部屋を開けて中に入るんだけど、さすがに僕を上げてくれることはしないのさ。先生は扉を半分くらいしか開けてないんだけど、その隙間から玄関横の靴箱が見えたんだ。その靴箱の上にはなんとね……」

「ごくりっ、なんと……何?」ここであかりは煎餅を飲み込んだ。

 これぞうは続きを話す。「そこにはなんとね、乙女の一室にあるまじきアイテムである重りが置かれていたんだよ。あれだよ、スポーツ選手がトレーニングで使う輪っか状になっているやつで、手首や足首に巻いて面ファスナーで止めるタイプの重り。それからね、靴箱の下に目をやると、先生の靴の横に5キロのダンベルが二つ置かれていたんだ。5キロだよ!お米の袋と一緒」  

「みさき先生ってあんな可愛い顔してムキムキ女になりたいのかしら」

「ねっ、あの可愛い先生があんな物を使ってトレーニングしてるんだよ。これは高低差の激しいギャップ萌えだろ~」

「で、それからどうしたの?」

「ああ、それからは先生にお礼を言われて、お礼の品のアイスキャンディーを貰ったんだ。それは帰りに食べてコンビニでゴミを捨てたよ。そしてもうひとつのお土産があの肉さ」

「何よ~何もないじゃない」

「だから言ったじゃないか……でもね、僕の持っていた買い物袋を先生に手渡したとき、指と指とが触れたんだよ。僕は知らなかったけど、女性の指ってのは細くて、そしてすべすべしてて、あれは綺麗だった……」これぞうは恍惚とした表情で喋っていた。

 みさき先生を思い出してすっかりうっとりしている弟を見たあかりは「ふふっ、これぞう、あんたは少しずつよ。少しずつ行けばいいの」と微笑みながら言った。

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