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第十九話 ドッキドキだね!

「先生、随分と大量に買い込むのですね」

「ええ、しょっちゅう買いに出る時間はないし、あと面倒だし」

「なんでしたら僕が代わりに買い物に出ますよ!スーパーでの買い物好きなんで!」

 五所瓦姉弟と水野みさきは、偶然出会ったお好み焼き屋「大ひっくり返し8号店」を後にしていた。姉のあかりは帰宅、そして弟のこれぞうはというと、荷物持ちの役を預かって愛するみさき先生を家まで送っている途中であった。みさきとしては、生徒に荷物を持たせて一緒に歩いているところを知り合いに見られたくないので一度は断ったのだが、これぞうが熱心に申し出るし、姉のあかりも負けじと熱を込めて頼むので仕方なくお願いすることにした。そんな訳で二人は今、一緒に路上を歩いているのであった。

「先生の下宿かぁ~女性のひとり暮らしなんて物騒ですからね、気をつけてくださいよ」と言うこれぞうの顔はニヤついていやらしい。

「……中には上げないからね」

「いや~それはそうですよ!歳の差はあっても僕らは男と女。それが一つ屋根の下に一緒だなんて、へへっ、へへっ、ありえませんよね」

 紳士らしく答えようと努めたが、話の途中で変な笑いが漏れたこれぞうであった。

(ああ~何でこうなったのかしら、この子、かなりうわついている)

 みさきはこれまで押されたことがないので気づかなかったが、自分は結構押しに弱いタイプなのかもと考えていた。そんな彼女はこれまで異性からのアプローチを全く受けたことがない、ということはないのだが、これぞうみたいに押しの強いのは初めてだったのだ。

「先生、玉ねぎって血液がサラサラになって、確か動脈硬化だったかなぁ……まぁ病気も防ぐ効果があるらしいですよ。先生って健康志向なんですね」

「まぁ体育の先生だし、ちょっとは健康のことは分かるわ」

「そういえば、先生ってどうして体育の教師になろうと想ったんですか?」

「う~ん、すごくなりたいって訳じゃなかったけど、スポーツは何でもやってたし、出来たし、それを仕事に繋ごうってぼや~っと思いついて、あとは自然の流れで大学に進んでこうなってるって感じ」

「へえ~、いやいや、人生ってのは旅のしおりみたいに細かく予定を刻んでいかなくても、中々どうしてなるようになるという具合に出来てるものなんですね~」

(この子と話してると、たまにおじさんを相手にしてるみたいに感じる時があるわ。こんなこと言ってるし)と想ったみさきはこれぞうのことを結構理解出来ている。

 これぞうはまた続きを話し始める。「僕だって中学を出た後がこうして楽しいことになるとは想いもしませんでしたよ。ま~たつまんない単調な学校生活がリスタートだって想ってましたから、先生に会うまではね」

「え?」

 ここで、それまで常に進行方向に目をやっていたみさきの目がこれぞうに向く。みさきが目を横にやればこれぞうと目があった。これぞうの奴は、ずっと愛するみさき先生を見ながら歩いていたのだ。

「あっ、先生やっとこっち見た。ずっと前をみてるから~、人生も路上も真っ直ぐ前へ前へ進む人なのだなと想ってましたよ」

 この時、みさきの頬はやや赤くなったのだが、それには自分では気づいていなかった。なのでこの私が報告を入れておこう。

「しっ知りません!」そう言うとみさきはペースを上げて歩を進める。

「ちょっと待ってよ先生、全くせっかちな人だ」

 これぞうは玉ねぎ10玉とその他の食材が入った袋を持って後を追いかける。

 それから30秒くらいの間会話がなかった。静寂を切ったのは意外にもみさきの方だった。

「ねぇ五所瓦君、あの時、君が初めて職員室に私を呼びに来て……その~、その後に校舎裏の木の前で話したことって本気なの?」

「はい、それはもう。僕が先生に言うことは何でもそうです」

「君分かってるの、先生を好きって……」

「ええ、本気ですとも!」

 ここでこれぞうはみさきの前に回り込む。二人は足を止める。

「先生、あれを冗談か何かと疑っていたのですか。だったらこの場ではっきりしましょう。この美しき大地と大空と、そして僕の尊敬する祖父に誓って、僕が先生を恋い慕っている気持ちに嘘偽りはありません」

「あっ……」みさきはそれしか返せない。そして遅れること5秒後に次の言葉が出てくる。「分かった……分かったから、とりあえず歩きましょう」

 これぞうの熱のこもった告白を聞くと、みさきは今回ばかりは自分で自分の顔が赤く、そして熱くなっていることに気づいた。みさきはそれを隠そうと、顔を伏せたまま立ちふさがるこれぞうを避けて前進した。

「ですね、冷凍肉が汗かいてますよ。早く冷凍庫にいれなきゃ。それともコイツはこのまま自然解凍して食べちゃいますか?」

 そう言いながらこれぞうはみさきの後を追う。

 みさきは胸を打つペースが通常時と明らかに違っていることと、顔から熱を感じるこの状況が信じられなかった。

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