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第百九十六話 五所瓦家進路相談

「これぞう、お前は大学に行きたいらしいな」食卓に置かれたサンマの身をほじりながらごうぞうは息子に言った。

「はい。そう言えばお父さんにははっきり言ってなかった」と言うとこれぞうは平茸の吸い物を啜る。

「おいおい、お父さんは仮にもこれぞうのお父さんだぞ。そういう大事なことはなるたけ早く言って欲しいな。あかりとお母さんが先に知って、お父さんが最後に知ったんだぞ」

「ごめんなさい。僕としてもどのタイミングでどう話したものかと考えてしまって、何せこうして自分で進路を決めたことは初めてだし、どうも告げるのが恥ずかしくなってね」

「ははっ、何を恥じることがある。昨今の若者は、他でもない自分の人生も決められないとかなんとかテレビで見聞きするが、お前はちゃんと決めたじゃないか。当たり前と言ったらそうだが、偉いとも言える。胸を張りなさい」

「はい」と言うとこれぞうはサンマをおいしく飲み込む。擦った大根の味も効いて大変美味い。

「お父さん、そういうわけだ。大学行きを応援してください」

「あたり前じゃないか。可愛い息子を大学に入れるくらいの甲斐性がなくて、この五所瓦家大黒柱の役が務まるものか」

「ふふ、今日のお父さんは何か頼もしく見えるわね」これぞうの隣で飯を頂くあかりが笑って言った。

「おいおい、今日のは余計だろ。お父さんはいつだって頼れる二人のお父さんだろう」

「はい、あなた、おかわりよ」と言うと母しずえはごうぞうの前に二杯目の米を置く。サンマで米が進む。

「そしてお母さんにとっては、頼りになる唯一の旦那様ときている」というとごうぞうはしずえの肩を抱く。

「もう、止めてよあなた。ご飯中に」

「ははっ、そうだね。夫婦のコミュニケーションは飯の後にしよう」と言うとごうぞうは茶碗を掴み、二杯目の米を胃にかきこむ。

「それにしてもこれぞうがちゃんと進路を考えていたとはね。実は気になっていたけど、こういうのを聞いて焦らせるのもどうかと想って黙ってたのよ」とあかりが言った。

「姉さんは気遣いさんだな。まぁ確かに聞かれてもはっきり答えられない状況だったけどね」

「で、これぞう。どこの大学だい?」とごうぞうが聞く。

「私立毒蝮大学を受けるよ」

「ん??」父は米をゴクリと飲み込んだ。

「そいつはまた遠いじゃないか、前の家からの方が近いぞ。家を出るのか?」

「うん、そうなるかなぁ……」これぞうは父に言われるまでそのことを考えていなかった。

「これぞうも一人暮らしとか経験したらいいかもね。と思うけど、お姉ちゃんは寂しいわ」

「可愛い息子を外に出すとか、こんな日が来るなんて……お母さんどうしたものだろうか。これぞうの応援はしたい。でもこれぞうが出ていくのは普通に嫌なのだが……」

「あなたがそんなこと言うとこれぞうが困るでしょう。ここは気を強く持たないと、水野先生のお父さんだって水野先生を外に出すのを強く反対したけど、最後は血の涙を流して娘を送り出したとかいうじゃない」

「ああ、あの逸話ねぇ。本当そうだから怖いよね。まぁお父さんはさすがに血の涙は流さないけど」

「まぁまぁ二人共、はっきりそう決まった訳じゃないでしょ。まだ受験の手続きもしていないんだし」とあかりは言ったが、弟はやると言ったらやる男だと知っている。これぞうが本気で受験すると言うならきっと受かると確信していた。

「僕は大事にされていたんだなぁ。美味いだけのご飯だったのに、寂しくなったら味が濁るじゃないか」

「え?お母さんのご飯が不味くなったの?」と母が尋ねた。

「いいや、ものの例えさ。世界が滅ぶその瞬間が来るまで、何があろうと母さんのご飯は美味しいよ」と言うとこれぞうは次の一口を放り込む。

「毒蝮大学って言えば、水野先生の母校だったなぁ。さては、水野先生を追っかけて、ということかな?」とごうぞうは問う。

「そりゃそこを選んだのにみさき先生が全く関係していないとは言わないよ。でもはっきり僕の意志でもある」

「お父さんはこれぞうのことを信じているからな。お前がそれで良いと想って選んだ進路ならそれで良いよ。このことは水野先生に言ったのか?」

「うん、言ったよ。なにせあの人は僕の担任だからね。職務としてそこのところは知っていないといけない。まぁそれとは別に僕のことをもっと知ってもらいたいとも想うけどね」

「そうかそうか、これぞうも大きくなったもんだ。高校を出たらどうするんだろうとは想ってたんだよ。自分で答えを出してくれて良かった」

「お父さん、またご迷惑をおかけします。金額だってかなりのものなのに……」

「おいおい、だからそれは良いんだよ。子供にそこを遠慮させるってのはお父さん的に心が痛む。お前を大学にやることを想定して、学費を払えるくらいの貯金ならとっくに済ませている」ここで父は一旦箸を置いた。

「いいかい、仕事ってのは、この先飽きる程やることになる。大学での四年間は社会人になるまでの最後の猶予だ。さすがにそこを出て無為徒食の日々を送るって言うなら、なんとしても働かせるぞ。だからな、これぞうは高校を出てすぐに働くことはないと、お父さんは常々想ってたんだよ。これぞうは、この先も四年間、いろんなことを学び、新しく会う仲間達と楽しんでくれ。お父さんも冷やかし程度に大学に行ったが、まったく良いものだったぞ。こうして嫁も手に入ることになったしな」

 ごうぞうとしずえが出会った場所は大学だった。

「はい。お父さん、僕は頑張るよ。まぁ僕としては、お嫁さんはそれより早い段階の高校で見つけたと近い未来で言ってみたいものだけどね」

 これぞうは既に最愛の人を見つけていた。

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