第百九十四話 青春の取り戻し成功
その日の朝飯は昨晩しっかり仕事をしてくれた鉄板の上で作られた。料理もやってのける使用人の甲本は、昨日のバーベキューで残った様々な具材とそば25玉で鉄板焼きそばを作った。一同は朝から良く食い、それを残しはしなかった。甲本も含めて8人でつついてすぐに無くなってしまった。
その後一同は海で泳ぎ、波一つで城壁が崩れるもろいお城を砂浜に築き、スイカを割って食ったりして忙しく過ごした。他にも昨日のビーチバレーが面白かったので再び挑戦した。そしてこれぞうは、朝の続きでまたみさきに泳ぎを教わった。厳しくも効果的なみさきのレクチャーと、まるでスポンジのごとく技術と知識を吸収するこれぞうの学びの力が合わさった結果、これぞうはクロールで15メートル泳げるようになった。それも結構なスピードでだ。
「昨日まで浮力があるかどうかも怪しかったこの体が、なんと浮いて15メートルも進めるようになった。これが進化。一夏の奇跡を見た!」泳ぎを体得した少年はそんな大げさなことを口にしていた。
「まぁ元々鍛えていたのが良かったみたい。体には水をかく十分な力があるもの」
これぞうはみさきの影響を受け、ここ一年くらいは暇な時間にランニングや筋トレをしている。そのため、今では意外と引き締まった体つきになっていた。
「ん?どうしました先生」
「え、別に……」よく見るとこれぞうの胸板は意外に厚い。みさきはそう想った。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。1泊2日の楽しい旅行にもそろそろ終わりが近づいて来た。
「え~短い。せっかくの先生との旅行が2日で終わりだなんて」とこれぞうは文句を垂れる。
「仕方ないでしょ。ここには受験生もいるし、みさきだって色々あるからね。それにこれぞうも大学を目指すとか何とか」
「え?どうして桂子ちゃんがそれを知ってるんだい?」
「だってみさきが言ってたわよ。私は初耳だったわ」
「そりゃそうさ、声に発したのは今日が初めてだもの」
これぞうは進路について家族にも話していなかった。彼の家族は、彼のことを暖かく、そしてのんびりと見守っているのでその手の話をガツガツと聞いてくることはなかった。
「さぁさぁ、文句を言っても時間が進むのを止めることは出来ないわ。今日を楽しんだ記念として写真を残しましょう。楽しい今日が終わらないうちにね」
「桂子ちゃん、君って素敵な言い回しをするね」
そうして桂子は一同を集め、甲本に例のバズーカみたいなカメラを持たせた。
「それでは皆さん、今後の人生のいかなる時でも、今日という日を振り返えれば笑えることを願って~はいチーズ」
甲本はパシャリとシャッターを切った。
「甲本、文言が何か重いわ」と桂子が言うと、甲本は「まぁまぁ、今日を永遠の楽しい記憶にしましょうよ」と返した。
そろそろ夕陽が出る時刻だ。皆は泳ぎ着かれた体を引きずってシャワーを浴びに行く。
「これぞう君これぞう君」甲本がこれぞうを呼び止める。
「君、ツーショット、ほしいでしょう?無論、君のマドンナとの」
「欲しい!」
「はっは、疲れた顔が急に元気になったね」そう言うと甲本はみさきを呼び止めに行く。
「先生、少しお時間を。僕の愉快な友人の切実な願いを叶えるのにご協力お願いします」
「はぁ……写真を、ですか?」みさきは歩みを止めるとこれぞうを見た。
「先生、お願いします」とこれぞうもお願いする。
「え、どうして?」思わずみさきは聞いてしまった。
「どうしてって……好きな女性とツーショットを撮りたいって願うのは当然のことでしょう」これぞうは熱を込めて言った。
「うん、じゃあ、早く終わらせてね」
「はいはい、もちろん。甲本さんお願いします」
「はーい、それじゃ二人寄って……」甲本はピントを合わせる。
「では、愉快な友人と聡明なマドンナの明るい未来を願って、はーいチーズ」
パシャリと音がして、これぞうのこの夏最高の想い出を収めたベストショットが完成した。
こうして友人達より遅れての彼の修学旅行(のようなもの)は終わりを告げた。