第百九十話 夜に咲く花
「はぁ~食べた食べた」
これぞうはオマールエビの殻をゴミ袋に捨てた。
「甲本さんごちそうさまでした」
「いえいえ。君は食いっぷりが豪快、そして片付けもしてくれて礼も言ってくれる。最近の若者にしては珍しく気持ちの良い奴だよね」
「ははっ、よく言われます」
「これぞう君、ここはもういいから、皆と一緒に花火に行っておいでよ」
皆は海岸で花火をしていた。
「そうですね……」
「おやおや、どうしたんだい?これぞう君、さっきから僕の傍にいてくれるのは賑やかで良いが……さては先生との距離を掴むのに悩んでしまって、おまけに緊張してるんですね」
「ははっ、お察しの通り。昼には多大な迷惑をかけてしまって、正直言うと体裁が良くない」
「君は、あのお嬢さんやあかりさんと一緒に小さい頃から破天荒ぶりを披露してきたけど、それでも根っこには常識人の心得を持っている。良いことだと想いますよ。でも、今はそう難しく考えず、好きなものは好きという訳で気にせず入っていけば良い。あの先生だって、これぞう君が何か恐縮していると想うと良い気分じゃないだろうさ」
「え?」
これぞうは意外な顔で甲本を見た。
「ん?何かな?いつもはヘラヘラしてる軽薄な奴と想ったら、たまには年上らしく偉そう且つ聞いてためになるアドバイスをするなんて意外~信じられなーい。とでも言いたそうな顔をしてますね」
「ああ、92%当たってますね。甲本さんは読心術の使い手なのですか?」
「いいや、君が読みやすいんだ。それとお嬢さんだってそうだ。君たちは一見おかしな人に見えるが、その実ちゃんと常識人の顔も持っている。世間には君達よりもっと訳の分からない奴がいるさ」
「ははっ、そんな言い方をしたら、桂子ちゃんが怒るわけだ」
これぞうは花火を楽しむ皆の元に歩いて行った。
「五所瓦君もどうぞ」
松野がこれぞうに線香花火をくれた。これぞうはそれに火をつける。
「あーいいなぁこれ……激しく燃え上がる炎も情熱的でいいさ。しかし、こうして小さいながらも細々と咲く夜の花もまた尊い……こういう生き方が素敵だよね」これぞうは線香花火が好きだった。
「これぞう、気持ち悪いよ」ひよりがズバリと突っ込んだ。「ジジ臭く線香花火を通しての人生観なんかを語ってないで、ドカンとやろうよ。あれ、見て」
ひよりが指差した先では、みさきが大きな花火に火をつけていた。砂浜に置かれた花火は空に向かって細い光の線をいくつも放つ。
「綺麗だ……」
花火ではなく、みさきを見てこれぞうは呟いた。
みさきを見るとまたドキドキする。昼にはもしかしたら命の最後を迎えていたかもしれない。そんなところから舞い戻ってきた彼の心臓は、前よりも元気に鼓動を打っているように思えた。これぞうはもう、みさきのことを女としてしか見れない。それは今までもそうだったが、ここへ来てまたその深みが増した。
闇夜の中であっても、花火で照らされると皆の笑顔がちゃんと確認できる。これぞうはそれを見て安心する。中でもみさきの笑顔は一段と夜の闇を跳ね除けるものであった。
「楽しいなぁ……こういう気分は何だか新鮮だ」