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第百八十九話 煙の向こうに見るシャングリラ

 煙、煙、煙、これぞうの目の前に広がるは美味しい煙。

 煙の下に目をやれば、網の上で美味そうな具材が焼かれている。野菜、肉、貝、オマール海老。龍王院家で用意された高額にして美味なあれこれが網の上でご機嫌に熱され、食材が持つ旨味をこれでもかと高めて行く。

 美味しく焼かれた肉はこれぞうの口に運ばれる。これぞうは早食いなので、4、5回噛んだらもう飲み込んでしまう。肉が美味いと答えを出すまでのアクションはそんな短い物で十分だった。

「うまい!」これぞうは歓喜の声をあげる。美味いものを「うまい」と言って食えるこの当たり前を彼は心底幸せに想っていた。これぞうにとって飲食は単なる栄養補給に留まらず、人生の質を高める尊き趣味でもあった。


「甲本さん、これは何の肉ですか?」口にものが入ったままこれぞうは問う。

「ああ、そいつはここから山4つ程越えたところで美味しく育てられたうんたら牛とか言う……とにかくブランド牛から取れたカルビだよ」甲本は食材の情報を詳しく知らない。対してこれぞうは、牛の肉と言っても、どの部位がどんな味だかは詳しく覚えていなかった。とにかく家畜の肉なら美味しいから何でも楽しく食べるというのが彼のスタイルだった。

「さぁさぁ皆、たーんと召し上がれ。我が家で用意した上等な食材だからね。庶民が用意すると言うなら、財布を開くのに躊躇するような代物ばかりよ」桂子はブルジョアを前面に出して言った。普通なら嫌味と取られる発言だが、桂子という人間はどこまでもこうだと皆が理解して受け入れていたので不満の声は上がらなかった。


 甲本は額に汗し、忙しくトングを扱っている。これぞうはそんな甲本の働きぶりを感心して見ている。

「甲本さんってすごいな。道具の準備から火を起こすまで、アウトドアキッチンの心得が十分あるのですね」

「へへっ、まぁどれもこれも昔取った杵柄ってやつですよ。僕が持ってないのは自動車の運転免許くらいです」

 甲本は料理はもちろん、キャンプ関係の資格も持っている仕事師であった。

「車の免許はなぜ取らないのですか?」

「ああ、それはね、それを取ると運転の仕事もやらされそうだから。龍王院家に来てからは、お嬢さんのわがままで徐々に仕事を増やされてね。まぁそれもこれも頼まれたら出来てしまうのがいけないのですがね。しかし、出来ないものならやれとは言われないでしょ?」

「なるほど。本来10出来れば良いとされるところを、欲が出て50、100という風に注文を付け加えるのは桂子ちゃんらしい考えだ。言う通り、免許を取ったら仕事を増やされそうですね。はっは~」

「はは、これぞう君は理解が速くて良い」


 これぞうと甲本が談笑するのを見た桂子が声をかける。「甲本!ペラペラと口を動かすばかりで、肝心な手の方がお留守になっていないでしょうね?」

「使用人の仕事の細かな粗探しをするにも長ける両目の視力があれば、手を休めることなく具材を焼いてるってことくらい分かるでしょう?」甲本はぼそりと言った。

「え?何?」

「あー、しっかり手の方も働かせてもらってまーす」甲本は棒読みで返す。

「ははっ、二人は相変わらずですね。桂子ちゃんはダメ出しが多いからな~」

「ええそりゃもう、ちょっと口出しをされてパワハラだとかなんとか言って辞めるような者じゃ、あのお嬢さんの使用人は務まりませんよ。実際、僕も良く続いてるって想う」

 こんな感じで甲本は桂子に対してちょっぴり礼を欠いた接し方をする。彼が忠誠を誓うのは彼の雇い主である桂子の父である。その娘には最低限尽くせばいいかってくらいに想っていた。

 桂子は甲本の態度について度々注意するが、それでも甲本はとにかく仕事が出来ると理解していた。桂子の父は甲本に絶対の信頼を置いているので、少々の無礼くらいで解雇になどしない。甲本という男の代わりはいないのだ。


「それよりこれぞう君、君はなにやら死にかけたとか聞くじゃないですか」

「ええ、それがそうなんですよ」

「どうかな、向こうの世界ってのが見えたりしました?」

「う~ん、それっぽいのが見えたんですが、赤い糸が僕を引っ張ってくれて、そっちに行かなくて済んだわけです」これぞうはニヤケて言った。

 甲本は煙の向こうにも輝いて見える我らがヒロインに目を向ける。

「へ~あの人がこれぞう君のマドンナ、いやお姫様かな。以前に会ったことがあるけど、本のちょっぴり見ただけだった。こうして改めて見ると、確かに綺麗な方ですね」

「へへっ、でしょ?煙の向こうに見ても神々しい僕の命の恩人です」

 肉を焼いて煙が立つ中でも、これぞうにはみさきが光って見えた。恋する少年というフィルターを通せば、辺りで煙が上がっても愛する者をクリアに映すことが出来る。コレだから恋って不思議。

「愛する者の愛を持ってして、これぞう君は死の淵から蘇ったってわけだ。一夏のロマンですね」

「ははっ、甲本さんったらポエミーだなぁ~」

「ははっ、これぞう君だって赤い糸だなんて言ってるじゃないですか。さてさて、糸はどの指から出て、合わせて何本の指と繋がれているのやら……」言いながら甲本はパカっと開いた貝をトングで掴む。

「さあ、これぞう君、美味しい貝が開いた。先生に持って行ってあげたらどうかな?で、食べ終わった殻で水着を作ってプレゼントすると良い」

「もう、甲本さんったら、それはセクハラと取られてもおかしくないですよ」

 こんな感じで二人は昔から仲が良い。


 旅行に来た皆は、ペンション前の広場に出てきてご馳走に舌鼓を打っている。

 みさきも良く食べている。

「みさき先生、美味しい貝が焼けました。え~と、これは何貝だろうか?まぁ何でも貝は美味いですよ」

「ありがとう」

 みさきは食い物でも人間でも、これといった好き嫌いが無い女であった。だから貝も美味しく食べる。

 これぞうは大きな貝殻を見て、次にはそれに負けじと大きなみさきの胸部を見た。

「う~ん、水着ねぇ。いいかもしれない……」

「ん?何?」

「いえいえ!僕は何を!何も悪いことは考えてませんからね」言うとこれぞうは甲本が番をする網に向かった。

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