第十八話 驚異!襲いかかる五所瓦姉弟
みさきは困っていた。何故って、それは引っ越した先で見つけたお好み焼き屋でこれぞうを見つけたからだ。みさきがお好み焼きを食べ始めた頃になって後ろから聞き覚えのある声が聞こえたと想うとなんとこれぞうであった。彼女は節約のために努めて自炊するべきだと常に自分に言い聞かせていた。しかし言い聞かせたところでその通りに実行することがいかに難しいか、それは長らく人間をやっていれば皆さんにだってお分かりのことだろう。みさきはこの店、つまりお好み焼き屋「大ひっくり返し8号店」の味が忘れられず、越して来て一月程で早くもリピーターとなっていた。
みさきは想う。(しまった。自炊をサボってこんなところで食事をしている怠慢がピンチを呼んだのだわ。この子のことだ。きっと私に気づく)
もう食べ終わって、さあどう出ていこうかとみさきが考えあぐねている内にも考えることに強制ストップがかかった。
「ヌゥ!!!」と声をあげたのは我らが愛すべき主人公これぞうである。
(ホラ、気づかれた~)
「みさき先生!やっぱりそうだ!実は、さっきから先生の匂いがしているとは想っていたんですよ。しかしまさかこんな大衆の拠り所に先生がやって来るとは思わないじゃないですか!」
店に入った段階では腹ペコ状態だったため、これぞうのみさき先生感知機能はかなり落ちていた。だから後ろの席に座るみさきに気づかなかったのだが、それでも彼の常人より発達した嗅覚でわずかにみさきの匂いだけは感知していたのだ。ちょっと変態臭いな~。
「ちょとこれぞう、匂いとかいやらしいわよ」と姉のあかりは小声で注意した。
「いやいや~しかしこんな場末の地でみさき先生にお会いするとはこれは何というか~軽々しく口にするのは憚られることではありますが、それでも言わせてもらうと、運命ってヤツを感じますね」
相変わらずご機嫌に意味不明なことを言いながらこれぞうは立ち上がり、図々しいことにみさきの座っていた席の方に移動して来た。みさきは大人が向かい合って4人は座れるであろう座敷の席に一人で座っていた。これぞうはみさきの隣に座り、次には「姉さん姉さん、ささこっちに来てよ」と言って自分の向かいの席にあかりを呼んだ。そしてこれぞうは大声で「店員さ~ん、こっちの席はもう片付けてもらって大丈夫ですよ~」と行ってさっきまで座っていた席を放棄した。
「先生、今日は是非あかり姉さんを紹介させて下さい。なに、その内には先生にとっても姉さんになる予定の人物ですから覚えて損はありませんよ」
「ええ、ちょっと五所瓦君……どういうことそれ?」
「いやだなぁ~呼び方はこれぞうでいいと言ってるでしょ先生」
これぞうは勝手に運命と想っていた偶然の出会いが嬉しくてはしゃいでいた。
「私はこれぞうの姉のあかりです。先生、お噂はかねがね……本当にしつこいくらい毎日伺っております。弟が大変お世話になって姉としては感謝するばかりです。このバカが木に登って降りられなくなったのを助けてくださり、それ以来は男女の中に……ということらしいですが、もうはっきり言いましょう。これぞうをよろしくお願いします」
(このお姉さんもちょっと変な人なのかもしれない!)みさきはそう想った。正解である。
あかりは淑女然とした丁寧な挨拶をして好感を得ようという、家の外での彼女の通常運転モードでやや猫を被っていたのだが、それもだんだん面倒になっので色々すっ飛ばして本題に入った。
「あかりさん……それはどうゆう……?」
「先生、どうぞ、我が家のこれぞうをもらって下さい。全然問題ないですから、私も可愛い妹ができれば嬉しいし。年上だけど」
「姉さんは気が早いなぁ~。まぁでもそういうことですよ先生」
(姉弟揃ってヤバイのね)
「ああ、先生はビールをお飲みになりますか。なに、今日は僕がご馳走しますよ」これぞうは提案する。
「何言ってるの、生徒にご馳走してもらうわけにはいきません!それに私は下戸というわけではありませんが、普段はビールは飲みません」
「ああそうでしたか、先生が大酒飲みでなくてよかった。そのイメージないですもんね~」
「それよりも、私はもう食べ終わったので帰らないと……」みさきはこの場を立ち去ろうとした。
「ああ、先生はイカ玉をお召し上がりになったんですね。いいなぁ健康的で、美味しいですよねイカ」みさきの会計表をピラピラさせながらこれぞうが言った。
「そういえば五所瓦君、隠し撮りがどうとかこうとか言ってなかった?」
「へぇ?さぁ、何それ、僕知らない」これぞうは空惚けてみせた。
先程これぞうが、みさきの隠し撮り写真をあかりに見せていたことをみさきは知っていた。何せ後ろにいたのだから。
「先生!許してあげて下さい。学校という機関を破壊と再生の内前者しか担わない葬式場や火葬場と同等に想っていたこの子の暗い青春に光を射したのは先生です。今この子にとって先生は精神の支えとなっているのです。そんな精神の支えである先生の写真を一枚だけ、お守りとして持っておくことくらい許してもらってもいいじゃないですか」あかりは大変同情を誘う言葉を言い放った。
「姉さん……僕、泣けちゃうなぁ(本当はまだ10枚くらいフォルダに収めているのだが黙っておこう)」姉の言葉に感動したフリをしてこれぞうはしめしめと想っていた。
「ええ、まぁ悪用するわけでもなければ良いでしょう」みさきはあかりの迫力ある説得に圧倒された、というか引いて、この話はまぁ良しとすることにした。
「じゃあこれぞう、先生を送って差し上げなさい」
「そんなの言われずともだよ、姉さん」
これを聞いてみさきは「いやいや、いいから!」と返す。
「しかし先生、その荷物を女性一人でってのはキツイでしょう」と言ってこれぞうが指差した先にはみさきの買い物袋があった。今日は玉ねぎ一玉10円セールで、みさきは一人に対する上限の10玉を購入し、その他にも業務用の大量の冷凍肉やおかずを買っていた。確かにみさきとしてもこの量を一人で持つのは重かった。