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第百八十八話 命あればこそ続く楽しさ

「ねぇねぇあかり、今の見ました?」

 桂子はそう尋ねたが、隣にいるあかりの顔が向いている先を見れば、「今の」を見ていたことは聞くまでもなく明らかに分かっていた。

「見た見た。あの子達何を恥ずかしいことをやってんだか~。これが青春ってやつね。良いわね若いって」

 あかりは、弟が同級生女子二人からビンタを食らう修羅場を見て笑いながら感想を言った。

「まったく、これぞうも罪な男ね。まぁこれぞうは素敵だから、皆が好きになる気持ちも分かるけどね」桂子はこれぞうの罪を知っている。

 シャワーを浴びて乙女の柔肌に染みる海水を洗い流したあかりと桂子は、ペンション玄関前に出されたベンチに腰掛け、先程これぞうがビンタをくらった場面を見ていた。玄関からでも二階バルコニーが見えた。


「さてさて、あかり、そろそろお腹が減ったでしょう?もう夕食の準備をさせましょうか」

「そうね、すごいお腹減ってるの」

 水中にいるとすごく疲れる。あかりも桂子も腹ペコだった。

 桂子はパンパンと手を打った。

「はい。何でしょうか桂子お嬢さん」

 呼び出し合図のパンパンを聞いて、どこからともなく龍王院家使用人の甲本が現れた。

「この時間に聞くパンパンで、どういう用のパンパンなのかくらい分かるでしょう。察しなさいよ」と桂子は不満げに言った。

「パンパンにはあらゆる用途があります。それは時間を問わずのことです。候補がいくつかありますが、何のパンパンなのかまでは絞りきれませんね」

「まったく、こんなパンパンも碌に察することが出来なくてどうして龍王院家の使用人が務まるの?」

「へへっ、まぁパンパンを聞いて何のパンパンなのか分かれっていうのは業務内容にはないですからね。それより、そうしてペラペラ語れる立派なお口をお持ちなのですから、こんな愚鈍な使用人にも分かるように優しく説明してくださいよ」

「ご・は・ん」桂子はプンプンして三文字を発音した。

「はいはい、ご飯ですね。しばしお待ちを、素敵な夏の想い出になるであろうおいし~いご飯を用意しますね」

「ペラペラ喋ってないでさっさと取り掛かりなさいよ!それから『はい』は一回」

 桂子の指示を受けると、甲本はヘラヘラしながら夕食の準備に取り掛かかった。

 今夜は砂浜でバーベキューだ。


「桂子、あんたと甲本さんの絡みって相変わらずテンポが良くて面白いわね。漫才みたい」

「どこが良いの!理解が遅い使用人よ。生意気ばかり言うし」

 今回の旅行について桂子がビーチとペンションの持ち主である父親に相談すると、旅行は構わないが、それには甲本を必ず同行させることを条件付けられた。もしもの時の娘の護衛として、父は甲本を同行させた。


 夕涼みをしているあかりと桂子から30メートル程離れた場所ではみさきが電話をかけていた。相手はこれぞうの父ごうぞうである。

「そういう訳で、五所瓦君を危ない目にあわせてしまいました。すみません」

 みさきは自分の注意が足りなかったと思い、ごうぞうに詫びを入れた。

「いえいえ。今日、先生は教師としてではなく、ただの乙女として海で遊んでいたのです。子供の監視役で修学旅行に行った訳ではないのですから、先生が責任を感じることはありません。それより、そもそも泳げもしないこれぞう、それを途中で放って遊び始めたあかりが悪い」

 言われてみればそうだと思える言葉をごうぞうは口にした。

「で、その後これぞうは何ともないのですか?ほら、聞くじゃないですか、小さい頃に溺れて死にかけた者が超能力だとか霊能力に目覚めるっていうとんでもない話」

 この状況でそんなことを聞いてくるのがもうとんでもない話だとみさきは想った。

「いえ、何とも……今はシャワーを浴びて、友達と仲良く話しています」

「そうかい、じゃあ良い。だったらまた続きを楽しんで下さい」

「え?でも良いんですか?こんなことが、死にかけるような危険なことがあったのにまだ旅行を続けても?」

「死んだとか、死ぬ程の怪我をしたならともかく、あの子は何ともないのでしょう?だったら途中で帰って来るなんて法がありますか」ごうぞうは言い切った。

「はぁ……」とだけみさきは返した。

 ごうぞうは「溺れた」で思いついた質問をしてみた。

「先生、これぞうを海から引き揚げたら、その~心肺蘇生法ってのをやったんでしょう?」

「はい」

「で、で?あれ、ほら、人工呼吸、したんですか?」

 この問いかけをした時、電話の向こうに聞こえるごうぞうの声は弾んでいた。みさきにはそう思えた。

「いえ、それをする前、心臓マッサージで目覚めました……」

「な~んだ!おしいなぁ!」と言うとごうぞうは指をパチンと鳴らした。電話を通じてその音もみさきの耳に届いた。

「あの、お父さん?なんか、声の調子が……」

 息子が死にかけた話をしたのに、この父は明らかにテンションを上げて先程の質問をした。みさきはごうぞうのテンションに戸惑った。

「おっと、すみません。そうだなぁ、じゃあ先生、せっかく体育のプロがいるんだ。そっちにいる間にこれぞうに泳ぎを覚えさせてくれませんか?」

「ええ、それはまぁ、良いですけど」

「よしよし、じゃあお願いしますよ。また人工呼吸が必要なことがありましたら、その時はお願いしますね。あっ、こっちは今天ぷらうどんを食べている途中なもので、長話をしていると天ぷらの衣がグズグズになるし、麺が伸びる。という訳で食事に戻りたいのです。子供たちとその友人によろしく言っておいてください。ではそういうことでお休みなさい。ああ、夏だからってお腹を出して寝てはいけません。夜の潮風は案外冷たいとか聞きますからね」

「はぁ、では、はい。お休みなさい」

 これで通話は終わった。

 子供もだが、やはり親も図太い。

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