第十七話 背中越しの「ヌゥっ!!」
「へ~あんたは刺激的な学生生活送ってるんだ。楽しそうでいいわね」
「ああ、とても良いね。義務教育時代にはこんなドキドキはなかったからね」
「小中学校での生活を義務教育時代っていうのやめなよ。何か堅苦しいでしょ」
「現にあそこは規律や教えがあやふやな割には色々と堅苦しいところだったよ。高校はそれなりに自由でいいね」
五所瓦姉弟はいつもの談笑を楽しんでいた。
「で、姉さん何にする?」
「私はこれ一択だわ」
「ええ!何だいこりゃ、ミックスじゃないか!サラリーマンなら課長クラスに出世するまでお預けなヤツと聞くぜ」
「だめなの?」
「まさか、だめなことはないさ。他ならぬ姉さんの注文だからね。僕はお財布に優しく普通の豚玉だな。よし決まりっと」
ここでこれぞうは、オーダー表を机の端にどける。そして片手を挙げるとデカイ声で「店員さ~ん注文おねがいしま~す」と言った。
これぞうとあかりは、ソニックオロチシティで一番人気のお好み焼き屋に晩飯を食いに来ていた。これぞうは例のネットでの仕事が乗ってきて、想像以上に月の稼ぎが出るようになった。そこで、普段から良き相談相手になってくれる姉のあかりへの礼としてお好み焼きをご馳走することにしたのだった。
図太くて遠慮が少なく、おまけに女子の身の割りには結構食べるタイプのあかりは、店で一番高い850円のミックス玉を注文した。これぞうは控え目に500円の豚玉にした。
「はい、ミックス玉と豚玉が一つずつですね~」
「はい、お願いしま~す」
これぞうが注文を終えた。そこであかりが気づく。
「あっ、しまった!これぞう、私のは青のり抜いてもらわないと、歯につくでしょ」
「全く姉さんは分かっていないな。青のりを抜くなんてのはお好み焼きへの冒涜だよ。あれがあってこそMAXの美味しさが完成するんだからね。だいたい歯について格好悪いなんて発想がそもそも格好悪いんだよ。あれはそういう食べ物だと割り切って全てを受け入れなきゃ」
「それでも私は青のりは抜きでいくの。いいから注文し直してよ。あと紅生姜もいらないから」
「仕方ないなぁ姉さんは~紅生姜までだって?あんなに美味いのに損してるな~」
するとこれぞうはまた片手をあげて「店員さ~んよろしいですか~?」とデカイを声で言う。
店員が「はい」と言ってこれぞうの方をみると、これぞうは「申し訳ない。さっきの注文のミックスの方は青のりと紅生姜を抜いて、その分僕の豚玉の方に倍入れてください。お願いしま~す」と言った。店員は「分かりました」と返した。
「あんた今の一瞬でよくもまぁ機転を利かせたというか、欲深いことを考えたわね」
「まぁいいじゃないか、恐らく青海苔や紅生姜を抜いたって料金は同じだよ。だったらもったいない。料金の分は食べなきゃね、姉さんのトッピングを僕のに乗せれば同じことさ」
「あんたのそういう所はしっかりしてるわね」
「へへっ、ミックス玉っていう最上級の物を頼んでいるんだから、褒めたってもう何も出ないよ」
全くこの姉弟は仲が良い。
そして間もなくして注文の品が出てきた。
「ふむふむ、で、あんたは松野さんとはその後も仲良くしてるんだぁ~。にしてもあんたらしい妙な振り方をしたわよね」
「妙かどうかは知らないけど、ああいうこと自体初めてだったから慣れてないのは確かだね。にしても姉さん、デリケートな問題だからこんな店ですることじゃないよ」
「そうね、松野さんに悪いわ。ゴメンね、気になったから」
「姉さん、何も謝ることはないさ。姉さんに謝られると僕の方が気を悪くしちゃうぜ」
「ふむふむ、おいしい。で、みさき先生はどうなの?」
「ああ、それはもういいね。学校にいる有象無象の皆さんの中で、彼女は一際輝いているよ」
「そういや顔を見たことはなかったわね。あのこれぞうが惚れる女なんだからきっとマブいんだろうね」
「姉さん、マブいだなんて、まるで縄文時代のチンピラが使うみたいな用語を口にしないでくれよ。でも良いことを聞いたね。実はさ、これ内緒だよ。隠し撮りで良いのを一枚だけパシャリとやっちゃったわけさ」
「どれどれ?」
ここでこれぞうはガラケーを取り出してみさきの写真を見せた。
「あ……かわいい」
自らの可愛さに大変自信があり、自分以外のだいたいの女をその点では見下していたあのあかりが、みさきを見て素直に可愛いと認めた。みさきの可愛さはどうやら本物らしい。
「なんて言うか……うん、ちょっとヘップバーン入ってるわね。合いの子ってことはないわよね?」
「なんだい姉さん、合いの子だって?そういう時にはハーフと言ってくれよ。それにみさき先生は混じりっ気無しの日本人さ」
「へぇ、あの学校っておじさんとおばさんの先生しかいなかったのに、こんな若い先生が来たらあんたみたいな男が騒ぐわけだわ」
「ああ、みさき先生は人気物だよ」
「緑のジャージなんか着て、スポーツ女子なのね……うん?」
ここであかりは気づく。これぞうの後ろの席を見ると、彼と背中合わせに座る客が同じジャージを着ている。
「これぞう……うしろ」そう言ってあかりはこれぞうの後ろを指差す。
「なんだい姉さん、随分古いコントネタを放り込むじゃないか。おばけでも出たっていうのかい?」と言いながらもとりあえずこれぞうは後ろを振り返る。
そして後ろにいた人物を見るとこれぞうは驚きの意味をこめて「ヌゥっ!!」と大きな声で言った。