第百七十六話 白き花の交友にドッキドキ
「ちょっとちょっとあかり、今のお聞きになりました?」
「ええ、ええ、聞きましたとも。何とも奇妙な展開になったこと!」
みさきとの電話を終えてこれぞうがトイレに駆け込んだ後、隣の部屋ではあかりと桂子がそんなことを話していた。ちょっとふざけた口調になっていた。
今日は丁度桂子があかりの部屋にお泊りに来ていた。隣の部屋から愉快な話が聞こえるので、二人はまた壁に張り付いて盗み聞きしていた。部屋の壁は決して厚くはないので、壁に耳でも当てていれば会話を聞き取るのが困難ではない。加えて、これぞうという男は会話ボリュームがデカかった。
可愛いこれぞうの恋の行方が気になって仕方ない姉と従姉妹は今回のことを討論することにした。
「うんうん、今の会話の流れを聞くに、結局事態は動いていないと」と桂子が言った。
「まぁそうね。振られもせず、OKももらっていない。結果だけを見れば動いていない。でもね、みさき先生の口からキープ状態であることが告げられたこと。これが今回の大きな収穫じゃない?」
「うん、確かにね。それだけみさきがこれぞうのことを真剣に考えたってことは良いことね。この先、これぞうがまったくダメになるわけではないということよね」
二人はパジャマを身にまとい、向かい合って床に座っている。
「でもね~」桂子が言葉を続ける。「まさかとは想ったけど、みさきに男性経験がないとは。確かにみさきのあの透き通るような肌、やらかなもち肌、汚れを知らないといった感じがモロに出てたわ。でも、本当にその通りだったなんてねぇ……」桂子は美しきみさきの柔肌を想像しながら言った。
「みさき先生ってステータスが高いけど、その分恋愛音痴なのかもね。てか、そうだろう」
二人はみさきの品定めに入った。
「どう?あかり。正直言って、みさきがはっきりしないからもどかしいなんてこと想わない?これぞうにやっとなにかを伝えたと想ったら、自分の気持ちがよく分からないって」
「う~ん、まぁ大人にしてはリード出来ていないとも想うけどさぁ。でも、やっぱりそういうものの感じ方は人それぞれペースがある。それに相手はこれぞうよ。恋愛対象として考えると益々訳が分からないじゃない?時間はかかると想うわ」
「あら、私は明らかに他と比べて訳が分からないこれぞうの人間性にクラっと来たのよ」
「そりゃ、あんただって変わった部類に入ってるからよ。みさき先生はノーマルなの」
「失礼な物言いね」
これぞうがトイレから部屋に帰って来る音がする。
「ふふっ、これぞうってば、今はきっと安心と不満がごちゃ混ぜになって眠りにくいと想うわよ」桂子は笑って言った。
「私はね、みさき先生ならこれぞうの良さを分かってくれると信じてるわ」あかりが言った。
「それは私もよ。みさき程の女がものの真価を見定めることが出来ないとは想わないわ」
「これぞうには今しばらく恋の苦しみを味わってもらうしかないわね」
「そうね、私達の可愛い弟にはつらい試練だけど、それでこそもっと良い男になれるってものよね」
「あんたの弟じゃないけどね」
「まぁ、あかりったら、また私をのけものにしようとする。じゃあ、あかりが妹になってくれる?」と言うと桂子はまたいつものようにあかりの腰に手を回す。
「だからあんたは、いっつも変態的な何かを仕掛けてくるんじゃないって言ってるのよ!」
「まぁまぁあかり、照れない照れない。今夜はそろそろ寝ようかしら」と言うと桂子はあかりに密着したままベッドに向かう。
「いやいや、これ私のベッド。あんたはそっちの布団でしょ」と言ってあかりは床に敷いた布団を指差す。
「あら、この私に床で寝ろと?私もベッド派よ。それにあかりよりも下の位置でこの私が寝るなんて考えられないわ」
「いや、考えろよ。じゃあ、場所変わる?私はどっちでも寝れるから」
「いやいや、あかりがいつもの場所から動くことはないわ。ここはあなたの家じゃない。だからあなたはそのままで、そこに私もお邪魔する。ただそれだけのこと」
桂子はあかりをベッドに倒すと自分も横になり布団を被せる。
「ちょっと、狭いってば!」
「このくらいの狭さがいいんじゃない?」
「これじゃ、お母さんがアレを用意した意味ないじゃない?」と言ってあかりは床に敷いた布団を指差す。
「布団を敷いた敷かないに大きな意味なんて求めるものじゃないわ」
「何を言ってんだこのユリ女は!」
隣の部屋が騒がしい。乙女二人がお楽しみなのはこれぞうの部屋にも伝わって来た。
「まったく、いい歳してあの二人はいつまでも仲良くはしゃぐんだからぁ」
下の階ではこれぞうの両親が日本酒を飲み交わしていた。
「おい母さん、この騒ぎはまたあの二人だな」天井を見上げてごうぞうが言った。
「そうね、二人とも本当に仲良しなんだから」夫に日本酒を注ぎながらしずえが言った。
「いやいや、乙女の交友とは、良きものだな~」
「あなた、何か目がいやらしいわよ」
「はっは、やめないか。僕が娘達をいやらしい目で見るものか。しかし、あかりは若い時の君に似てきたねぇ……」
「あらそう?」
「ああそうだとも。もちろん、君の方がイケてたがね」過ぎ去りしあの夏を回顧して父は言った。
この後しばらくすると、はしゃぎ疲れたあかりと桂子は結局同じベッドで仲良く眠り、そうして朝を迎えたという。