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第百七十五話 みさき、出口を探す旅

 電話の向かうからは愛しき声がする。これぞうが愛しいと想うのは声に留まらない。彼は幸せな気持ちで電話を握っていた。

 前置きは短く、みさきは事の本題に切り込んでいく。


「この前五所瓦君が言ってた私達の関係のこと。その、五所瓦君が私を想ってくれても、その先にどういう未来が待っているのかって話」

「はい……」これぞうがゴクリと唾を飲み下すと、それとは反対に湧き上がる緊張が口から漏れそうになった。

 最近の自分たちは男女のそこのところを意識するばかりにどこかぎこちない関係になっていた。みさきがとうとう自分からこの話題に切り込んでくれる。自分の二年間の熱き想いは、ただのこどもの憧れの範囲を出たもの。大人が真剣に取り合ってくれるものにまで昇華した。そう想うとこれぞうはを嬉しくなった。

「六平さんにもこのことについて色々言われたの」

「はい。だいたいのことは本人から聞きました」

「ごめんなさい。私の態度は五所瓦君を苦しめていると彼女から指摘されたわ」

「ええ、それはまぁ、多少息苦しい想いもしましたが……しかしそれはこちらが勝手に想いを寄せたこと。気にしないでください」

 これぞうは「多少」と言ったが、明らかに少なくない苦しみを抱えていた。だが、本当のところは言わない。

「私は、このことについては……私からは何とも言えないの。その、私にはやはりこういうことが分からない。実は経験がないのよ」

「え?」

「だから、男の人とお付き合いしたことがないの」

 ここでみさきの男性歴が明らかとなった。

「ええ!そっそれは……では先生は、その、あの……生娘なのですか!」

「それはどういう?」みさきとしては普段聞き慣れないワード「生娘」をぶっ込まれて一瞬何のことだろうかと想った。

「え、いや、だから、男性と付き合いが無いということは、イコールして、その、体が、潔白と言いましょうか……」

 これぞうは聞きたいけど聞いたらまずい気がするその内容を遠回りに表現した。

「それ以上はセクハラよ」

「ああ、これは失礼しました」

 みさきの口から意外な一言を聞き、これぞうは興奮していた。


「だからね、私は、五所瓦君のことをどう想っているのか、自分でもよく分からない。大人なのに、って思うでしょうけど、たくさん考えてもやはり分からないの」

「でも、嫌いじゃないと?」

「それは、まぁ……」

「それは、少し分かります。僕も、こういった恋愛のことは初めてだ。先生とは別の分からないだけど、僕がどうしてここまで先生に入れ込むのか、自分のことなのにすっかり分かっている訳ではありません。先生が分からないならそれはそういうものだと理解します」

 みさきもこれぞうも電話を片手に相当緊張していた。互いに胸の内を明かすこのやり取りが恥ずかしくもあった。


 みさきは黙っていてはいけないと想って何かを話そうと考えた。

「六平さんは、五所瓦君が好きだって……」

「ええ、知っています。彼女から聞きました」

「あの、それは……」

「それは、それで話を終えています。僕は先生が好きだから、そういう気持ちには答えられない」

「……あの、それでもあなた達は仲良しで、六平さんとなら、すぐにでも……」

「先生、それは、自分のせいで傷つく人や悩む人がいるから……だから僕と六平さんが付き合えば、そうすれば丸く収まるからと勧めているのでしょうか」

「いや、どうなのかな……」

「先生は優しい。全て善意で言ってるのでしょうが、それを言うなら僕には残酷なことです」これぞうはやや強めの口調で言った。

「先生がこんなことに頭を悩ますのは全部僕に責任がある。まったく持って僕のエゴでこうなった。それでも、僕がせめてこうであって欲しいと思うのは、僕の想いを子供扱いしないで欲しいということです。もちろん想いを受け入れてくれるのが一番嬉しい。でも、僕を過度に気遣ってお茶を濁した感じにはしないで欲しい。だったらきっぱりと、どこまで行っても自分の人生とお前の人生は交わることがないと玉砕してくれる方が良い。いや……もちろん、そうだと落ち込むけど……」自分で言っておいてこれぞうは悲しくなって来た。

「……ごめんなさい。煮え切らないと思うだろうけど、私には、今の私にはちゃんと答えることができない」

「先生、僕は先生の全てを肯定します。大人の先生がしっかり考えてそうなら、この手の問題は簡単に出口が見えない難問なのだと想います……とりあえず、僕はしっかり振られたということではないと?」

「うん。それは、多分そうだと思う」

「愛を語らうのは重要です。お父さんが言っていた。もっと聞きたい、知りたいけど、僕が問い詰めると先生が困る。今はそれだけ聞けたら良いと想います」

「ごめんなさい」みさきの声が少し震えていた。

「いいんだ。僕が先生を好きになっただけのこと。先生、僕はやっぱりあなたのそうした素直な所が好きだ。分からないものは分からない。それは当然のことですよ」

 これぞうは一呼吸置いて続きを話す。

「先生に好きになってもらえなくても、僕はやっぱりみさき先生が好きなんです。今しばらくは想いを寄せることを了承頂きたい。そして、可能なら、先生が自分で僕が好きだと分かる日が来るよう努めたい」

「ありがとう……」

「あの、では、本当に先生と電話出来て嬉しいのですが……緊張して、息苦しくて……正直言うと、先生に何を言われるのだろう想ってビビって震えてちびりそうだったんです。そんなわけでトイレに行きたいです」

「もう、はやくいってらっしゃい」

「では、今日はこれで。その、これからも変わらずお願いします。面倒な生徒を抱えたと思うでしょうが、あと10ヶ月程のことですから」

「ええ、おやすみなさい」

 通話は終了した。

 

 電話を切った後、みさきは手に汗をかき、頬も耳も熱くなっていることに気づいた。自分らしくない。とても緊張していた。

 あと10ヶ月、これぞうはそう言った。その言葉を思うと、彼女の胸はトクンと鳴った。

 自分の生徒と話しただけでなぜここまで平静を崩しているだろうか。彼女はまた問いかける。どうせ答えが分からないのに。

 突如自分の前に現れ、また離れ、そして舞い戻った五所瓦これぞうという男。自分の人生の中で彼が占めているポジションは極めて特殊なものであった。

 先程彼女は自分で言った。男を知らないと。男が自分にもたらす効果が何なのか、彼女はその身で体験しておきながらまだ理解出来ないでいた。

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