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第百七十四話 運命の鐘がこれぞうを呼ぶ

 どこかで聞いたことがある。最も苦しい死に方は溺死だと言うこと。水に顔を突っ込み、生命必須の行動たる呼吸が出来ない。ゆっくり、じわじわと確実に命の終わりを見るそれは、快楽をまるで伴わない苦しみの境地だとされる。

 じゃあ二番目は恋愛に懊悩する今この時ではなかろうか。これぞうはそう思った。

 苦しいことなら世の中に山程、それだけで大陸が出来る程の数があるだろう。しかし、まだ17年しか生きていない自分はそういったものを多く経験していない。今の所、溺死を除いたなら、自分がもっとも苦しんだことは恋愛であった。もちろんそれには楽しさだって付き添っている。しかし、根本はというと、どうしようもなく胸が疼き、脳が疲労するものであった。

 彼は今、住み慣れた自室の畳に正座している。そして彼の目の前には、そろそろ鳴るはずであろうガラケーが置かれている。連絡してくるはずの相手、それはみさきであった。二人はこれまで何度だって直接的な言葉で情報や感情の交換を行ってきた。しかし、間に電波を挟んでのコミュニケーションは初であった。これぞうは本日初めてみさきの携帯電話番号を知り、喜びまくって彼女の番号を登録した。登録名はどうしよう。フルネームで行くか、恋人のようにファーストネームのみで行こうか、いやいやそれはおこがましくハズい。考え悩んだ末、無難にいつもの呼び名「みさき先生」で登録した。電話がかかれば、ガラケーに「みさき先生」と表示される。


 なぜこの日二人が電話で話すことになったか、時を遡って明らかにしよう。

 みさきとひよりが剣道でぶつかり合ったあの日、試合後にひよりがまた「これぞうと向き合え」的なことをみさきに言った。それを受けて、みさきの方でも動かないわけには行かなくなった。

 次の日、これぞうは日直だった。日直の面倒にして最大の勤めは学級日誌をまとめること。毎度のこと、それを適当にまとめたこれぞうは、放課後になると職員室のみさきの元に日誌を届けた。その時、これぞうはみさきからクリアファイルを手渡された。中にはみさきが印刷に失敗した不要な紙が三枚のみ入っている。その真中の一枚には彼女の携帯電話の番号が書かれていた。

「話したいことがあるけど、どうしてもひと目のある所ではできない。今日の晩電話するから、いい?」みさきは小声で言った。

 これぞうの胸はドキリとし、次にはゴクリと音を立てて唾を飲んだ。

「もっ、もちろんです」

「じゃあ、ワン切りして、それであなたと特定したら、晩に折り返すわ」

 みさきはこれから陸上部の面倒を見ないといけない。これぞうにそれだけ言うと、彼女は顧問の務めを果たすべく運動場に出ていった。

 これぞうは震えていた。体ではなく、心臓が。姉のあかり論では剛毛らしい彼の心臓の毛は、その時ユッサユッサと揺れていたことであろう。


 時刻は21時。携帯電話が鳴った。「みさき先生」の名が表示されている。

 これぞうがみさき用に設定した着信音はパッヘルベルのカノンであった。繰り返される旋律は、彼の多幸感を膨らませる。その理屈は分からないし知ろうとも想わない。ただこの曲はこれぞうをどうしようもなく良い気分にさせる。それはみさきの存在も同じことであった。リンクする点があるためにこの曲がみさきの曲として設定された。

 すぐにも反応出来たが、これぞうはなぜか携帯電話がヴァイブレーションを5回打つのを待って電話に出た。

「はい、五所瓦これぞうです」これぞうの声は少し震えていた。さすがに緊張した。

「こんばんは。水野です」

 こんなことを言い合うまでもなく、二人は二人のことを認識している。でも一応の流れで電話の定形とされるやり取りを行う。

「今、部屋に一人です」これぞうは状況を伝えた。

「そう。あのね、上手く話せないと思うけど、それでも伝えなきゃいけないことがあるから、聞いてね」

「当たり前です。いくら遠回りしたって、先生のお話にならいつまでも付き合いましょう!」

 みさきはゆっくりと口を開き、伝えるのが困難だとされるその内容をつらつらと語り始めた。

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