第百六十九話 恋の悩ましさマックスポイント
次の日の夕方、これぞうの自室にはこれぞうとひよりが二人切り。
「これぞう、ごめんなさい。私、激情のままにきっと余計なお世話としか言えないことを先生に言ってしまった」
「いやいや、それについて僕がどうこうは言えないさ。君は君の用を済ませただけじゃないか」
ひよりは、昨日の面談でみさきとの間に起こったあれこれをこれぞうに報告した。こんな話を学校でするわけにも行かないので、彼女は再びこれぞうの家に来たのであった。
「私はこれぞうのためとか言って先生に食ってかかったわけだけど、結果的にあれは自分のため……」
「う~ん、それはまぁ良いじゃないか」
「ことによるとこれぞうは先生にはっきり振られるかもしれない。振るなら振れと言ったわけだから」
「ああ~、そうは言ってもそれは本当に怖いところなんだよな~。よくそんなことを先生に仕掛けることができたね」
「ええ、これでこれぞうが木っ端微塵に振られてしまったとしたら、その落ち込んだところに私がつけ入る隙が出来るじゃない?」
「君、言うねぇ……なかなか強かな乙女だね」
「まぁこれぞう、そういう訳で言っちゃったものは言っちゃたもので仕方ない。振られたなら私が責任を持って慰めてあげるわよ」
「ははっ、お願いするかも……ね。はぁ~」
これぞうは、みさきとの付かず離れずの関係性を歯痒く想っていた反面、それはそれで落ち着きも感じていた。ひよりが出したパスは自分にとって良いものとなるかもしれない。だが、もしこのまま振られたら、もう今までの関係性ではいられない。どっちにせよ、これぞうは焦り迷い、恐怖するのであった。
恋愛をすること、それはいつ縄が切れるかも分からない吊橋を渡るようなもの。向こう側へ渡り切る者、途中で落ちる者、どちらも相当数いるわけで、誰がどちらになってもおかしくはない。これぞうは絶対的な安心を持たず、かと言って絶対的な不安も持ってはいなかった。彼としては天の神に頼る部分が多かった。
振られたくない。初恋はだいたい失敗に終わるもの、だから仕方ないと笑ってサクッと次に行く。自分の一途な想いは、そうして簡単にシフトできる軽い物ではない。もしみさき先生に振られたら、自分は生涯家庭を持たず、汚れ知らずの生息子のままこの地に骨を埋めてやる。彼はそこまで想っていた。それだけにみさきへの愛は大きい。これは五所瓦これぞう一世一代の恋である。
「これぞう?汗、かいてる。それに震えている」
「ははっ、もう6月だろ。汗もかくさ。震えは……何だろうなぁ、冬でもないのに」
ひよりはこれぞうの両肩に手を置いた。
「これぞう、私が言うのもなんだけど、私としても複雑だけど、応援してる。上手く言ったら……これぞうが笑えるといいね」
ひよりは心にあるようでないような不思議なことを言ったと自覚した。
「ははっ、君も心には大分複雑なものを飼っているようだね。ありがとう」