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第百六十三話 打って出る乙女

 図書館の前で一悶着あった後、一行はドーナツ屋に行き、桂子のポイント支払いで好きなだけドーナツを食った。その日は楽しくドーナツを味わって解散となった。


 それから数日が過ぎた。あの日、これぞうの本当の想いを知ったひよりは、以前よりもっとこれぞうが気にかかるようになった。学校では変わらずこれぞうとよく話しをした。

 市民図書館が休館になっている間、二人は学校の図書室に行ったことがる。これぞうは、一年間ここで過ごしておきながら「知らなかった。学校にこんな部屋があったのか」とコメントし、後から学校にやって来たひよりに教えてもらって初めて学校図書室の存在を知ったという。彼らしい間抜けな話だ。

 ひよりが意識したのは何もこれぞうだけではない。同時期に気になり始めたのが水野みさきであった。これぞうが想いを寄せる人、みさきを意識する理由はその情報だけで十分だった。それからはみさきの目も気になり出した。自分とこれぞうが二人でいるのを彼女はどう想うのか?これぞうの想いは分かった。では、彼女は何を考えている?ただ教師としてだけこれぞうと接するのか、それともそれ以外の何かがあるのか。考えれば考える程分からない。ゆえに知りたい。でも、知るために行動するのは面倒でだし、それをすれば今の状況が壊れる恐れもあった。なので、彼女は考えるばかりで具体的な行動を起こせなかった。

 そんな葛藤を混じえて考えを巡らせる中、彼女はとうとうそれに気づいた。自分はこれぞうが好き。

 出会いが運命的だったという乙女チックな思考だけでそうなったのではない。会ってしっかり話すことで、彼は変人だがしっかり自分を持っていると理解できた。風が吹けば揺れる枝木のごとくあいまいな人間性ではなく、彼は若くとも自己の確立がしっかり出来ている。ひよりにとって、同級生の中で、また広く人間社会で見ても、これを実現させている者は珍しかった。これぞうは他の男子とは確実に違う魅力を持っていた。それだけは自信を持って言えた。


「水野先生はこれぞうをどう思っている?これぞうは告白したの?振られたの?それでもまだあんな目を水野先生に向けるの?では、私の気持ちはどうなる?どこに割り込む隙がある?」ひよりは自問自答するのであった。恋が一人で完結するものなら、この理知的な少女一人で事が済んだであろう。しかし恋には第二者、あるいは三者がいて然るべき。彼女が一人考えてもここまでが限界。やはりこれぞうとみさきの両者に働きかけないと事態は動かない。聡明な彼女は数日間一人考え続け、遂にこの考えに至ったのだ。

 そして考えも行動も人より早い彼女は仕掛けに出る。


 5月が始まり、黄金の一週間が終わった。そんな時期のことである。ひよりは下校途中にこれぞうを公園に呼び出した。


「やあやあ、六平ろくだいらさん。今日は一体どうしたんだい?公園なんて久しく訪れてなかったよ。童心に帰ろうって言うのかい?しかしだね、僕はわらべの頃でもこういうところにはあまり来なかったよ。童心に帰ったところで、体が向くのは図書館の方なんだね」

 公園に夕陽が射す。そんな中、これぞうはいつも通りペラペラとよく喋る。

「これぞう、聞いて。うまく言えないかもだけど、言いたいこと、聞きたいことがあるの」

「へ?それはまたどういう心境だろうか?まぁいいじゃないか、友人の言うことだ。大人しく聞こう。さぁどうぞ」と言うとこれぞうはブランコに座った。ひよりの口から出る言葉を待っている。それがどういった内容か、彼の方では何も予想出来ていない。

「あのね、出会ってまだ一ヶ月ちょっとだけど、私、多分これぞうが好きなんだと想う」

「……え?」

 ひよりは「多分」「想う」のワードを使ったが、それは保険であった。好きと言い切ったなら、もしもその上で拒絶された場合に更にキツイからだ。本当は「多分」も「想う」もなく、まっすぐこれぞうが好きだという答えが出ていた。

「ああ、それは……また、なんと言うか……」

 これぞうは唇が動くこと、言葉が発せられることを確認するために喋っただけで、思考はほぼ停止していた。突然の告白にびっくりしたからだ。

「ああ、うん。こういうのには早いも遅いもないと言う。僕だって短い時間には伴わない大きな愛を感じたことも……」これぞうの答えの最後の方はゴニョゴニョ言っててよく分からなかった。自分でも何を言ってるのか分かっていなかった。

「これぞう?大丈夫?」

「あああ……大丈夫だ。ちょっと待って、びっくりしたから……」これぞうは額を抑えている。

「うん、それは、その好きは友情を越えた、男女のアレだよね、恋心っていう、その好き、だよね?」

 これぞうは変に途切れ途切れ話す。動揺が見られた。

「これぞう。ふふ、落ち着いてよ。ゆっくり整理してくれればいいよ。これぞうの言うその好きで合ってる。多分ね……」ひよりはまた「多分」をつけた。

 これぞうのこんな状態は初めて見た。ひよりは普段の飄々としたこれぞうを良く思っていたが、このような意外な仕草もまた良いと思った。

「うん。ごめん。何せこうして同級生に面と向かってそう言われるのは初めてで……」

 これぞうは自分で意外に思った。異性から好意を向けられることがこんなに恥ずかしいとは知らなかった。姉や従姉妹から受ける好意とは全く違っていた。以前、松野から受けた好意は先に手紙で行われたため、一つクッションを挟んでいた。そのクッション無しに直で「好き」を聞くと、更に照れるばかりであった。

 これぞうの言葉を聞いてひよりは真顔で言う。「水野先生には、言われなかったの?」

 これぞうはドキッとした。なぜ彼女がみさきのことを知っている?これぞうがみさきを好きなことはひよりには言っていない。

「どうしてそれを?」

「隠せてないよ。これぞうは水野先生が好き。こう言っちゃ何だけど、見てたらバカでも分かるよ」

 そう言えば自分は分かりやすい男だったとこれぞうは思い出した。

「そうか、だったら、僕の気持ちが分かるなら……」

「知ってたけど、言いたかったの」ひよりは笑顔で言った。

「さっきの質問。水野先生は、これぞうの想いにどう返したの?」

 ひよりは、そもそもこれぞうがみさきに告白したことを知らない。でも、彼ならきっともう事を済ませていると確信できた。だからそこを飛ばしてみさきの反応を聞いた。

「彼女には、僕の気持ちを受けてもらえなかった」

「振られたの?」

「いや、正確に言えば、何も返してもらっていない」

「何それ?保留ってこと?」

「……」

 ひよりの問いにこれぞうは答えられないでいた。

 そうしている内に陽はどんどん沈んで行った。

「遅くなっちゃった。今日は帰ろっか」

 ひよりはあっさり撤退を宣言した。これぞうはそれに従い、公園を後にした。

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