第百六十二話 それが恋と知った君は……
「またあなた達?こんなところで何してんの」
これぞうは硬いコンクリートの上に仰向けになって太陽を眺めていた。それも痛みをしっかり味わいながら。そこで聞こえた声は忘れるはずがない優しく愛しい声。その声を聞いて彼の痛みは癒された。
「先生!先生の声がする!」と言うとこれぞうは痛む腹を抑えてバッと起き上がった。そしてみさきと目が会った。
みさきは黒いトレパンを履き、上は白いロングTシャツを着ている。春になって薄着になれば、彼女の魅力的ボディラインが視覚によりはっきり捉えられるようになった。長い髪は黄色いシュシュで結っている。
そんな彼女は現在買い物の帰りで、エコバッグに食材をたくさん詰めていた。
「あああ!みさき!」言うと桂子は約一ヶ月ぶりに会ったみさきを抱きしめた。彼女はみさきが大好きである。
「ああ、間違いなくみさきの感触!」
「ちょっと、何?桂子さん?」
あかりは暴走する桂子の服の襟を引っ張ってみさきから引き離した。
「先生、こんにちは。これにはちょっとした訳が。このバカが話を盛ってややこしくしたの。六の君、ごめんなさい。ネタばらしをするから聞いてちょうだい」
六の君こと六平ひよりは、場を去ろうにも去りづらい状態になったのでみさきの近くに立っていた。
最初は2人だったベンチに今では5人。5人はとりあえず落ち着いた。これぞうは立たされていた。
ベンチの右端にみさきが座り、真ん中にあかり、左端には桂子、そして桂子はひよりを膝に乗せていた。先程は対峙した二人だが、改めて桂子はが美少女チェックをしたところ、ひよりを大変気に入ったからだ。
そんな状態であかりと桂子は、自分達はこれぞうの身内で、先程は悪ノリして(桂子が)話をややこしく盛り上げたと告げた。
「というわけだったのよ。ごめんなさいねひより」と言うと桂子はひよりの頭を撫でる。
「う~ん、この子、体つきがしっかりしてるわね。この引きき締まったふくらはぎ……あなた何かやってるわね?」と許可なく人の足を触りながらあかりが分析する。
「ちょっと、これぞうのお姉さん達……一体この人達どうなってるの?」ひよりはこれぞうに向かって問う。
「いやはや、姉さん達はその……可愛いものなら何でも好きなんだよ」これぞうの可愛いを受けてひよりは少し照れた。
これぞうは思った。「まったく姉さん達のせいでややこしいことになり、僕は腹に痛い一撃をもらってしまったではないか。おまけに図書館にも振られる始末。しかしだ、そんな際に天使が降臨した。不幸を背負った分の対価が振り込まれわけだ。みさき先生は、今日吹く爽やかな春風のような人だ。美しい……」これぞうは恨み言の後には幸福を感じていた。
「みさき、先生。いや~良い天気ですね。今日はお買い物ですか?」
「うん。丁度安売りの時だしね」
「いや~これはエコバッグを使用してのお買い物で?地球に優しい先生ならではの心遣い、素敵です」
これぞうは大好きなみさきを褒めちぎるが、みさきとしてはバッグを持参すれば買い物の合計が2円引きになることを狙ってエコバッグを使用していた。このことは教え子には伏せておいた。ケチと想われるからだ。
「ここで会ったのも何かの縁。具体的に言えば、へへっ、男女の運命的なあれでしょうけど、まぁそんなわけでこれから一つどうでしょうか?」
「牛丼もカツ丼も行かないわよ」これぞうが何かしらを食いに行こうと誘いをかけてくると予想したみさきは先回りして言った。
「へへっ、確かに、昼過ぎて間もないのに丼物はまだ早い。というわけで、ドーナツなんでどうです?ほら、ここから近い所にお店があるじゃないですか?」
「そう来たか。いろいろ考えている」とみさきは想った。
「よし乗ったわ!私が皆まとめて面倒見るから」と言って桂子は黒きカードを取り出した。
「このクレジットカードには100万ポイントくらい溜まってわ。あそこのドーナツ屋はポイント対象店だから、一人10個でも20個でもポイントでご馳走してあげるわ。ちょっとした騒ぎになっちゃったから、そのお返しにね」
桂子の所有するクレジットカードはVIPのみが持てるものであった。カードは1ポイント=1円分の計算となる。つまり桂子はポイントだけで100万円分持っている。ドーナツ5人前など軽く支払えるだけポイントが貯まっていた。
「うわぁ!すげぇ!」これぞうはこれに興奮した。100万という数字にはそれだけの威力がある。
「さぁさぁ先生!行きましょう行きましょう。今晩のおやつ用に持ち帰りだって大丈夫です。太っ腹の桂子ちゃんならそれもOKですよ!」これぞうははしゃいでみさきの手を引き、彼女をベンチから立たせた。
「ふふ、その通りによこれぞう。しかしこのナイスバディの私を、ものの例えであっても太いなんて言葉で表現して欲しくないわ」というと桂子はシャツを捲って引き締まった腹を見せる。
「わあああ!何やってんだ君は!乙女が過度に肌を露出するものじゃないよ」これぞうは従姉妹のシャツの裾を掴んで下に引っ張った。
「あらあら、これぞうったら、桂子お姉ちゃんの珠肌を楽しむのは自分以外許さないとでも言いたそうに必死に止めるじゃない?」
「桂子、あんたそれくらいにしときなさいよ」とあかりが注意する。
この三人が集まればいつだって喧しい。みさきは今回もそれを感じていた。
そしてもう一つ、この場にひよりの姿があることが気にかかった。学校で運命的出会いをしてからというもの、ひよりはこれぞうに対して大変友好的であった。二人の仲の良さは、クラス担任のみさきの目にも止まっていた。
そしてこの時、ひよりも自分にとって重大なことを感じ取っていた。
これぞうは、自分の好きなことを話す時にキラキラした目になる。本の話をする時がまさにそうだったので、ひよりはそのことをしっかり覚えていた。そして今再び、これぞうの目はキラキラしていた。目線の先にはみさきがいた。これぞうのすきなもの、本に続いてみさきもそれにあてはまると彼女はこの時確信したのであった。乙女の洞察力は鋭い。
彼女は心で呟く。「これぞうの好きな人、水野先生だったんだ……」