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第百五十九話 半世紀前や一世紀前のことを今日の教室で語ろう

 あくる日の教室。

 六平ろくだいらひよりはこれぞうの席を訪れ、二人仲良く文学談義に花を咲かせている。

 趣味を共有できること。これは素晴らしき結束を産み、両者が異性同士であっても、性別の壁を破壊して親しくなれるきっかけとなる。


「へぇ~これぞうは漱石が好きなんだ~」

「うんうん。漱石は文人の中でも一等僕の興味を引くね。男女の慎ましやかな恋を綴ったものもあるだろ?正面から好きだの嫌いだのを言い合うのではなく、水面下で恋心が絡みあうようで、また時にはすり抜けることもある。とにかく複雑な魂の交渉を描いているのだね。『三四郎』なんかは、主人公三四郎を中心に複数の登場人物による人間模様の交錯が描かれている。ああいった人物の心理描写をしっかり行った群像劇は実にいいね。それから、時には世に一石を投じるような反社会とも取れる攻めたことを書くだろ?。ああいうメッセージ性の強いものは良いね。物語を通じて作者の意志を伝える。いいじゃないか、筆が行なう仕事の良さはそこだね。楽しい物語で読み手を喜ばすに留まらない。紙面上では、自身の心情を吐露することも自由に行えるのだから、大いにやってくれて結構だと想うね」

「語るな~これぞう。でもさぁ、漱石の話に出てくる女って何か素直じゃなくて、掴めない所があると思わない?中には男の心を分かった上で翻弄するような女狐もいるじゃない?」

「ふむふむ。確かに。しかし、翻弄される恋、それも悪くないと想ってしまうではないか。はっは~、素直な女性はそりゃ良いさ。しかし、一筋縄では行かない攻略性の高い女性ってのもまた魅力的だと言えるね」

 今まさに攻略難易度の高い女性にアタックをかけている最中のこれぞうならではの意見であった。


「『三四郎』で思い出すことって言えば、三四郎が上京する途中、その場の流れで行きずりの女と宿で相部屋になるじゃない?で、その女が、若い女と一晩一緒になっておきながら何も手出ししなかった三四郎に、意気地なし的なこと言うじゃん。これぞうってあれどう想う?」

「う~ん。ちょっとあれは鼻持ちならないことだと想ったよ。僕だったら、行きずりの女などに手を出すものか。と返してやりたい所だね。自分でお高い女と想っているようじゃ慎みに欠けるよ」

「ええ~さぁどうだか。これぞうだって男なんだから、良い女と一晩一緒だとドキドキかムラムラ来るんじゃない?」

「来たとしてもだ、人には、中でも僕には屈強な理性が備わっている。そこを一晩耐えてこその男であり、理性である」

「格好良いこと言っちゃうのね~」

 これぞうは完全勝利を決めたわけではないが、それでも煩悩との戦いに簡単に膝を屈するような愚か者ではない。


「君は康成が好きなんだろう?」

「うん。私は外国の物を読むほうが好きだし、そっちの方をたくさん読むけど、国内なら康成ね。なんて言っても文体が美しいからね」

「そうだね。作品はシナリオが大事だが、作者の熱のこもった文体だって重要なエッセンスだ。表現や言葉遣いが美しければ、作品がより一層輝く」

「ふふ、ねぇねぇ、また女と寝る話だけど。これぞうだったら康成の『眠れる美女』のあの怪しいクラブになんかは参加しないわよね?」

「あたり前だろうが!寝ている御婦人の横で他人の僕が一体何をすると言うのだ。君ね、文学を楽しむのは良いが、それをネタにして僕をからかってはいかんよ」

「ふふふ、これぞうって本当に面白いね。よくもそうしてペラペラと言葉が口を突いて出てくるね」

「はっは~、言葉は産まれるばかりで止まることがないからね」

「ふ~ん、ああ、そうだ。『眠れる美女』で思い出したけど、ウチの学校にも美女が……ほら、水野先生なんかそうね。あれで寝てしまえば、もう眠れる美女の完成でしょ」

「ああ……起きてて美女だからなぁ。ならば、眠ってブサイクになる道理はなかろう……」これぞうはボソリと呟いて愛する女の、それも寝姿を想った。

「うう~いかんいかん。煩悩を倒す戦いだ!」

「さっきから何を独り言喋ってんのよ~」


 ここで授業開始のチャイムが鳴った。

「あ、授業だ。またね、これぞう」と言うとひよりは自分の席に帰っていった。彼女の席は教室の後ろ方だった。これぞうは前の方で、しかも真ん中の列。みさきを正面から見れる良き場所であった。

「なぁ、さっきから横で聞いてたんだけど、あれはどういう話だ?ついていける内容じゃなかったな」

 二人の文学談義を傍で聞いていた久松が尋ねた。

「はは、無理もない。一世紀くらい前の話をしているんだから。そんな昔の世界の話だ、本を読まないんじゃ当然分からないさ。そうだ、君もこれを機に僕のおすすめ本を読んでみるかい?退屈な人生観に新しき風を送ってくれるのが文学の良さだぜ」

「いやいや、いいわ。退屈してないし、そんな時間もない。そろそろ進路のことも考えないといけないから落ち着いて本なんて読んでられない」

「はは、そこらへんの面倒が終わって逆に退屈になったら相談しなよ。その時には喜んで良いものを紹介しようじゃないか」

 

 みさきが教室に入ってきた。次の時間は学活。先程久松が口にした通り、彼らは次の進路を春からだって考えないといけない高校3年生。この時間は進路に関するあれこれを行なうこととなった。

 みさきは教室に入る前、廊下を歩いている時から窓越しにこれぞうとひよりが楽しく話す姿を視界に捉えていた。みさきは、松野以外にこれぞうと親しくする女子生徒を初めて見たので、それが少し気にかかった。

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