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第百五十一話 五の次は六

 松野との楽しい昼食を終えたこれぞうは、次に図書館に向かった。図書館に来るのは一年ぶりであった。

 日々自宅と学校を行き来する生活をしているこれぞうは、人生においてその二箇所で過ごす時間が断然長かった。そして三番目に彼が過ごす時間が長かった場所というのがここ「市立大蛇図書館しりつおろちとしょかん」である。

 彼の人間性を構成する要素は、彼の騒がしい家族からの影響、彼としてはあまり吸収出来ていない学校教育、そしてこの図書館の本から得た多くの知識よるものが多くを占めていた。ここは彼を育てた母なる地でもある。または父なる地でも可。

 そんな大蛇図書館には、古今東西の名作から駄作までを含む約10万冊の本が所蔵されている。これぞうはここに2歳から通っているが、まだ1万冊だって読めていない。本好きのこれぞうとしては、市民権さえ獲得すればここで一生楽しめると想っていた。ここでの本の貸出は、原則としてこの地の住人でないと許可されない。現在、これぞうの住所はポイズンマムシシティに移っている。きっと街に帰ってくると想ったこれぞうは、以前作った利用者カードを捨てずに財布に入れていた。カードなどは一度作ってしまえば、住民票がどうのこうのとうるさいことは言わないはずだ。だからこれぞうは普通に本を借りる気でここにきた。


「いや~懐かしいなぁ。我が知識の泉!どんな名湯秘湯よりも、浸かるならここだよね~」 

 水に弱い書物をたっぷり収めた施設と温泉を比べてテンションアゲアゲになっているこれぞうであった。

「さてさて、腹を満たした後は、活字に触れたいものだ。向こうでも図書館はあったが、やはりこっちの図書館の方が本の数が多い。姉さん達が来るまで時間があるし、ここで本を借りて読み耽ろう」

 これぞうは家族の合流を一人で待つわけだが、趣味の読書をしていれば一人でも朝から晩まで過ごせた。寂しがり屋のかまってちゃんが多い世代の出にしては落ち着きある若者だ。


 久しぶりに入る図書館の空気は若干もわっとしていた。これぞうのような若者には、締め切ったここは暑いのだ。おまけに今は暖房が入っている。彼は暖房が苦手であった。しかし、ここの匂い。古臭くも愛しき本達の匂いは、彼の鼻から脳までを幸福にするのであった。

 これぞうは特に何を借りようかは決めていない。その状態で棚を適当に歩くのだ。知らないけどタイトルが目を引くから、装丁が美しいからという理由で本を手に取ることもあれば、以前一回借りたものを懐かしく想って手に取ることもある。

 これぞうは、以前借りたお気に入りの本を手に取ってパラパラと見返すことがよくあった。それをする理由は、その本を借りて読んでいた頃を回顧するためである。彼にとって読んだ本はアルバムでもある。その本をきっかけにして記憶も蘇る。借りた本一冊一冊に彼の記憶が宿っていると言っても良い。この本を借りた時には姉のアイスを黙って食べて怒られた。こっちの本を読んでいた時には学校の日直当番をサボって怒られた。またあちらの本を借りた日の帰り道には100円玉を拾った。そうして彼は、本自体の感想と共に楽しかった過去を振り返るのだ。

 パラパラと本をめくった最後には、貸出カードが収まるポケットが現れる。そのカードにはもちろん自分の名前も残っている。カードを見て、自分の後にも本を借りて読んだ者が何人もいると分かると、誰か一人が書いた本が、こうして何人にも読まれているのが不思議であり、そして愛おしくもあると感慨に耽けるのであった。


「うんうん、この本も僕の後にたくさんの人が読んでいるんだな。というか、今時になってもまだ貸出カードに自分で名前を書くこのシステムなんだ」

 これぞうは本数冊分の貸出カードを見てあることに気づく。

「ん?またこの名前……この人の名前はいつも僕の後に書かれているぞ。なんと読むのだろう。ろく、だいら……ひより?」

 カードを見れば、五所瓦これぞうの名の下に六平ろくだいらひよりと記載されている。

「ぷぷ、誰だろう。でも五、六と数字が並んでいるなんて何だか縁起がいい感じがするね。姉さんに教えてやろう」


 これぞうは気に入った本数冊を受付に持って行き、貸出手続きを行なう。

「あ!これぞう君!帰って来たのか」受付を担当している中年男性が言った。

「やあやあトクさん。変わらず勤めているのですね。これは目にして安心な顔が見れた」

 トクさんはこれぞうが産まれる前からここで働いている。よってこれぞうとは古くからの顔なじみであった。

「君の顔が見られなくなって寂しかったが、また帰ってきて良かったよ。これからもここに来てたくさん本を読んでくれ」

「はっは、言われるまでもない。僕はここに来るのが大好きですからね。これだけたくさんの本をタダで読めるって、こいつは日本でも一位くらいの優れたサービスですよね。図書館って本当に素晴らしい。僕の寿命じゃここの本の半分も読めないだろうけど、なるたけ多く読んで死んでやりますよ」

「はっは、その意気だよ。その内にはこれぞう君も何か書くと良い。ここが大好きな君が、ここに本を残して世を去る。考えるだけでロマンがあるじゃないか。その時には私のこともちょろっと紹介程度に書いてほしい」

「はっは~読むのに忙しくて書く暇がないよ。読むに疲れた時にはそれも考えてみます」


 こうしてこれぞうは魂の里帰りを果たしたのであった。

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