第十四話 それでも何かある男と女のラビリンス
「あ~おいしいなぁコレは!」
これぞうは、ソニックオロチシティで一番人気の甘味処に立ち寄り、店の名物スイーツである抹茶パフェに舌鼓を打っていた。
「やぁやぁ君も味わうが良いよこのパッフェをね」
これぞうの向かいの席には、なんと頬を赤く染めた松野が座っていた。
「五所瓦君、これ本当にいいの?」
「いいも悪いもないさ。もう君の前に出されたんだから、そのパッフェは食べるしかないよ。ほら、アイス溶けるよ」
松野はゆっくりとパフェを食べ始めた。
語りとしてはパフェと表記するが、これぞうのヤツはどうしてもパッフェと発音するのである。ちょっとイラっとくる。
「どうだい松野さん、美味しいかい?姉さんが言うには、女ってのはだいたい抹茶スイーツが好き、ただし小豆が無理という人は少なくはないからチェックよ、とのことなんだ。で、チェックがまだだったけど君はそこに乗っかってる小豆は行ける口かい?」
「うん、甘いのは何でも好き」
松野はニコッと笑って答えた。
「松野さん、美味しいものを食べると君は良い顔で笑うね」
「ええっ!」
これぞうが出し抜けに女子的胸キュンポイントをつく褒め言葉を放ったので、松野はビックリしてスプーンを落としてしまった。
「ああっ!スプーンが、僕のを……と、それはだめか」
これぞう早くも食い終わって用のなくなった自分のスプーンを当然のように松野に勧めたが、あとでそれはないなと気づいた。
「店員さ~ん、申し訳ない。落としちゃったんで新しいスプーンをおねがいします」
これぞうが客全部に聞こえる程にデカイ声でそう言うと、店員はすぐに替えのスプーンを持ってきた。
「ささっはやく召し上がれ、アイスが溶けちゃうよ」
「いや~制服でこんなところに来るなんて中々刺激的だね。僕は甘いものが大好きでね、先日なんかはみさき先生への差し入れ用を兼ねて自分で羊羹を作って食べたものさ。僕は食べたいものがあれば何を気にすることなく店に行って食べるのだが、それでも男1人でこういうところに来ると、周りからは何か珍しいものでも見るような視線を集めるじゃないか。気になるとまでは行かないけどそういう視線には気づくからね。こうして女子と来れば、なんてことなく店にいられるからいいね」
これぞうがペラペラと喋っている内に松野はパフェを食べ終わった。
「で、なんだけどね。先日君に頂いたラブレター、あの気持ちは大変嬉しかった。でもお断りさせて頂きたいんだ」
「えっ……」
ここで松野の動きが止まる。
「今日ここに君を呼んだのは、君の気持ちをお断りして傷つけるかもしれないからそのお詫びというわけではないんだ。僕は初めて異性から好きと言われ、手紙をもらった日は眠れない程嬉しかった。そういう意味でお礼がしたかったんだ」
「どうして……」
松野は弱々しく呟いた。これぞうはこのどうしてが何に対してかはっきり予想がつかない。
「その~なんだね。僕はね、こういうことはまるっきり初めてなんだ。同じ年の女子を初めて異性として認識した上で、どういう心理であの真心のこもった手紙を書いたのか、そればかり考えていたんだ。君の手紙はとても暖かい内容で、これをもらって嬉しくないヤツは常人の感情としての欠陥を持っていると言って過言ではないと想ったよ。とにかく僕はこれをもらって嬉しかった。松野さんとは仲良くしてもらっていて、いい人だとは常々想っているよ。でも、この想いを受け入れることが出来ない事情がある」
「……他に好きな人がいるのね」
「そう、その通りだ。それが君の気持ちに答えられないたった一つの理由だ」
この時のこれぞうは真面目な顔で真面目な話をしていたのだが、口の周りにクリームがついていたので周りの者からは間抜けにしか見えなかった。
「……それって、もしかして水野先生?」
「……君には答えないといけないな。そうだ、みさき先生だ」
「本気なの?」
「ああ、誓って本気だ」
ここで無言の時が5秒程流れた。
「ふふっ……やっぱりそうだったのね。最初はまさかと想ったけど、五所瓦君の水野先生を見る目がすごいキラキラしてるんだもん」
「ええ?僕の目がかい?参ったな~それは自分じゃ気づかなったよ」
「そりゃ自分じゃ見えないじゃない」
「はっは~そうかい。周りに気づかれる程に僕の愛が目からも出てたのか~」
二人は笑いあった。
「五所瓦君ってやっぱり不思議な人、こんな男子には出会ったことないわ」
「ははっ、よく言われるよ」
「水野先生、難しい相手だと想うよ」
「そりゃね、現在崩しにかかっているところだからよく分かるよ」
「パフェ……美味しかったね」
「うん、このパッフェは満点だよ」
「それから、ずっと口にクリームついてるよ」
「ええ?何さ、言ってくれよ!こんな顔であんな話を……恥ずい……」
これにはさすがのこれぞうも赤面。松野はこれぞうの様を見て笑っていた。
二人は店を出た。会計はこれぞう持ち。彼は生まれて初めて女子にご馳走した。今の彼は例のネットでやってるちょっとした小金稼ぎで懐に余裕があった。
「なんか変な感じだけど、これは僕からのお礼さ、ありがとう」
「うん、楽しかった。もし水野先生に振られて落ちこんだりしたら次は私がご馳走してあげるよ」
「松野さん……君は優しいね」
二人は話しながら夕陽が照らす通りを歩いていく。
これぞうは人生初の恋の申し入れを、少々妙な手順を踏んでお断りした。それでもこれぞうは、前よりも松野のことが好きになり、松野もまた前よりもこれぞうのことが好きになった。二人の間に恋人関係は築かれなかったが、その代わり友情が芽生えた。男と女って、というか人と人ってどのように繋がっていくのか分からない。世の中のもの皆不思議である。