第百四十六話 で、いつ会えるの?
「姉さん、ここのところいつも想うことがある」これぞうは姉の部屋に来て呟く。
「なーに?お姉ちゃんに聞いて欲しいの?」
「ああ、姉さんさえよければ」
「私がここでいけないと言うような意地悪な姉でないことはこれぞうが一番良く知ってるはずよ」
「ふふ、そうだったね。姉さん程良き姉は……とりあえず北半球にはいないよね」
これぞうは北のことならだいたい知ってる。
「残り半分の世界は、あんたがもっと大きくなってから見てくるといいわ。そうすれば私が世界一のお姉ちゃんだって分かるから」
「おいおい、もう答えは出ているんじゃないか」
「そうそう、出ている答えを、あんたが実感するといいの」
「まったく姉さんはいつだって大きく構えているね。はっは~」
姉弟はいつだってこの調子で常人外れの談笑を行っている。
「それでなんだけどさ。僕、いつになったら先生に会えるのだろうか?こっちに来てからも何だかんだと忙しくて暇はしない。しかし、僕の恋物語が進まない。何せ相手に会っていないのだもの」
これぞうは物語展開に不満を抱いていた。これに関してはまぁ仕方ないで終わって欲しい。
「うーん、確かに。でもね、これぞう。会えないからってその間は愛が育たないってことはないわ。逆に会えないからこそってのもあるのよ」
「そうは言うが、やはり会いたいなぁ……」
これぞうはすっかり古びたガラケーを開く。
「こうして先生の写真を眺めるだけの日が……かなり長くなってしまったなぁ」
「これぞう、あんたまだガラケーだったの?」
「うん。ガラケーは良き発明さ。まだまだ過去にするのは早い」
古くとも良きものは良い。時代の流行りに振り回されることなく、個人の価値観を重視して物の良し悪しを見極めるのがこれぞうという少年であった。変人だが、それでも強く己を持っている人間である。
そんな彼のガラケーに収まるみさきの写った数枚の写真は、全て盗撮であった。皆は真似しちゃダメだぜ。
「でもあんた、こないだは先生からバレンタインのチョコをもらったんでしょ?先生はあんたのこと忘れちゃないわ」
「へへ~、あれは真に嬉しきことであった」照れと興奮が混じってこれぞうの口調がややおかしい。
「ホワイトデーのお返しはどうする?まさかあんた、今になって先生に会うのが怖いとかって言わないよね?」
「ええっと、そりゃ会いたいけど、うーん、緊張する……これだけ間が開いてると、ちょっとね……」
これぞうもここには微妙な想いを抱く。会いたいが、動くとなると尻込みしてしまう。以前はそんなことはなかったのだが、これも恋する若者の心の成長というやつかもしれない。
「まぁ、そのくらいが普通の反応かもね。前までのあんたは変に行動力ありすぎて、羞恥心が足りないと想うところもあったものね」
「え?でも恋には攻めの姿勢が大事と勧めたのは姉さんだよ」
「そうよ。でも攻める、退くは上手いこと使い分けるものなの。攻めるだけじゃだめだめ」
あかりは恋愛テクニックをしっかり心得ている。
「あーあ、こんなこと言ったらアレだけど、私がこれぞうだったら、もうとっくにみさき先生を落としていたかもね」
「な、何だって?そこまで僕は爪が甘いと!」
「まぁ、甘い点は多々あるわね」
これにはこれぞう、少々落ち込む。
「まぁまぁ、しょげない。あんたはあんたのペース、テンポが乱れたら恋愛に限らず何でもダメになるの」
「はい、わかったよ姉さん」
あかりはやはり弟が可愛い。微笑んで弟を慰めるのであった。
「うーん、これぞうは年上受けすると想うのだけどね。先生にはどうなのかな~」
「そうなのかい?僕は自分が年上受けするツボを心得ているっていう自覚がない」
「桂子やみさき先生のお母さんもこれぞうが可愛いって言ってるわよ」
「はは、先生以外にモテてもねぇ」
ここで、開けっ放しになった扉の影に隠れていた父ごうぞうが登場した。
「ふっふっふ……」
「わぁ、何だいお父さん!いつからいたのさ?」これぞうは驚いた。
「これぞう、悩ましい青春を送っているようだな。さしずめ現在は、青春の通行止めにあってるってところかな」
「通行止め?ああ、確かにそうかもしれない」
父が例えとして「通行止め」を持ち出したのには理由がある。彼はその昔、工事で通行止めになった道路に立って旗を振っていたのだ。それだけだ。
「ふっふ、その通行止め、工事が終わって道が開通するかもしれん」父はさも意味深なことを告げる怪しげなテンションでその言葉を放った。
「ん?どういうこと?市役所で市民税を用いての工事話が円滑に進んだのかい?」
「なっ、これぞう。お前ってば、子供らしからぬ税金の例え話なんかするなよ。プライベートで聞いて楽しいワードじゃないからな」働く父ごうぞうをはじめ、多くの大人が税金のことは私生活に持ち込みたくないと想っていた。
「じゃあなんだと言うんだいお父さん?」
「ふっふ、これぞう、それからあかりにも関係する。お前達に耳よりな話を持ってきた。まぁこの菓子でもつまみながらゆっくりと話を進めよう」
そう言ってごうぞうが差し出したのは濡れおかきであった。
「わーい、濡れおかき好きー」これぞうは濡れている、乾いている関係無くおかきと名の着く物であれば何でも好きだった。
そしてこの後、濡れおかきを食いながら姉弟は父から耳寄りの情報を聞くこととなる。それはこれぞうにとって嬉しいものであったかどうか、全ては次話で明らかとなる。