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第百四十五話 この手に掴むは二度目の栄光

「よっしゃぁああ!よっし!よっし!」

 その日の朝、教室にはこれぞうの歓喜の雄叫びが響き渡っていた。

「コラ、五所瓦君。もう授業が始まってますよ」

 雄叫びを2分も3分もあげる間に1時間目開始の時刻になってしまった。なのでこれぞうは国語担当の女性教師に怒られた。

「あ、これは気づかず、すみません」

 これぞうは席に着くと直ちに授業準備に取り掛かった。

「まったく、落ち着きがない。そろそろ高校三年生になると言うのに……」と言う教師はこれぞうの顔がにやけているのが気になる。

「ところで、ああもうるさく喜びの声をあげるような嬉しいこととは一体どんなものだったの?」

「へへっ、いや、なに先生、そんな、へへっ、大したことでは、へへっ、洗濯して帰ってきたズボンにちょろっと小銭が入っていたくらいのものですよ、へへ」教師からの質問に受け答えする間、気持ち悪いことに笑いが漏れる。これぞうはなるたけニヤケを抑えてそんな返しをしたが、もちろん彼はそんなことで大声を上げて

喜ぶような男ではない。教師には伏せておいたが、本当に嬉しかったことは別にある。

 その日これぞうは、みすずから小さな紙袋をもらった。その中身はみさきからの贈り物。中身はちょっと良いところで買ったチョコレートである。そう、今日は2月14日。例え相手がおらず、全くモテないブ男と自覚があったとしても、男である以上は何かしらの甘い妄想をせずにはいられない特別な日である。そんな日にこれぞうは、妹を通じてだがみさきからチョコをもらった。これが喜ばずにいられようか。否、無理な話である。何せ彼は、二月に入ってからというもの、みさきからチョコをもらうことを夢想して止まない日々を送っていたのだから。これぞうのマジな喜びようにみすずは若干引いていた。


 1時間目が終わった。これぞうはまだニヤケている。

「これぞう君、まだニヤニヤが止まらないの?気持ち悪いよ」みすずは想ったままを言う。

「はは、いや、そうは言ってもだね君。うん?気持ち悪いとは失礼だな」

「そんなに嬉しい?」

「うんうん、嬉しい!だって二年連続で念願のバレンタインプレゼントをもらえたんだよ。こんな光栄に預かれるなんて、日々精進して生きていてよかった」

「精進してたんだ?」

「おや、君は割と近くでそれを見ていたのでは?」

「知らない。見てないもん」

 みすずは、これぞうがここまで喜ぶものとは予想していなかった。笑顔一杯のこれぞうを見ていると悪い気はしなかった。

「おやおや、手紙が入っている。先生の真心こもった愛らしく綺麗な字だ。これは一字一句気合を入れて読まなければ、どんなありがたいことが書いてるのか分からないぞ」

「これぞう君っていちいち喋りが変人ぽいし、変態臭くもあるよね」みすずはズバリ世の声を言い当ててみせた。

「失敬だな君。しかし今日は気分が良い。変人でも変態にでも扱うといいさ」

 これぞうはご機嫌に手紙を読む。

 

 以下手紙内容


- - - - - - - -

 

 もう二月だけど、あけましておめでとう。

 いつかは五所瓦君が長い手紙をくれたよね。私は五所瓦君程筆で語れるタイプではないので短くまとめます。

 お正月にはテレビ越しに五所瓦君の海での活躍を拝見しました。まぐろを揚げるなんてスゴイね。前よりずっと体力もついて成長したみたい。そんな大変な想いをして手にした鮪を実家まで持って来てくれたというのに、あの日は留守にしていてごめんなさい。

 マグロのお礼、それからみすずと仲良くしてくれているお礼としてちょっとした品を送ります。

 もう高校3年生。進路のことも考えつつ、学校生活を満喫してください 

                                     水野みさき 

- - - - - - - - -

 

「ありがてぇ~」恍惚とした表情で天井を見上げたこれぞうが言った。

「これがちょっとした品なものか、僕は知っている。このチョコは大変高価なものだ……こんなに小さいのが6個くらい入っても千円を越すものだ。ポテチが何個買えるやら」

 確かにデパートでバレンタインデーに売られるチョコはお高い。しかし、それは特別感があるものだから仕方ない。そんな高価なチョコの値段を店に常備されている安い菓子と比較するのはナンセンスである。

「それに、普段はあまり使用しないマグロの漢字表記だってさり気なく行っている。この点には先生の知的な部分を感じる」これぞうはしみじみとした想いの中で手紙の感想を言う。

「これはとりあえず仏壇に供えて、その後チョコは腹に、手紙と思い出は永久保存と行こう」

 これぞうのみさきへの想いは、もはや崇拝の域に達しているようだ。

「まったく、これぞう君のお姉ちゃんへの想いの間には何人も割って入ることが出来ないわね」みすずはこれぞうを呆れて見ていた。でも、これぞうを見るみすずの目は優しいものであった。

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