第十三話 本気の恋に何度目かは関係ない
「姉さん!姉さん!ちょっと聞いてくれよ姉さん!」
僕は勢いよくあかり姉さんの部屋の扉を開けた。
「何よこれぞう、ノックして入りなさいって言ってるでしょ」
「ああごめんよ姉さん、でも分かってくれ、僕は今焦って戸惑って、当然のマナーも忘れてしまう状態にあるんだよ」
「で、何?どんな状況?」
「姉さん、黙ってこれを読んで、そして僕の相談にのってくれ」
僕は姉さんに手紙を渡した。
それから2分後。
「ふんふん、これは間違いなくラブレターね」
「やっぱりそうかぁ!」
本日、普通の学生である僕は、普通に学校に通って普通に授業を受けてこれまた普通に帰宅しようとした。そして下駄箱で靴を履き替えようとしたら靴の上にこれが置いてあるのに気づいたってわけさ。こういう手紙ってのは大抵朝に発見されるものと想っていたので、帰りに仕込まれているとは全く予想出来なかった。それゆえに面食らってしまったよ。
「僕……ラブレターって人生で初めてもらったんだ!」
「へぇ~そう。あんたはこの前は初めてラブレターを書いて渡して、次は初めてもらったってわけ。次々と初体験がやってきて刺激な的青春じゃない」
「姉さん、それがそう喜んでもいられない。いや、確かにこれは素直に嬉しいよ。でも僕にはみさき先生がいるからその想いを受け取ることは出来ないんだ」
「え~と、松野さんね。どんな子?写真は?」
「ちょっと待ってよ、クラスの集合写真を今日もらったんだ」
そして僕は部屋から写真を持ってきた。
「へぇ~結構可愛い子じゃない?私ほどじゃないけどね」
「姉さんったら~姉さんと比べたら可哀想だよ」
「で、いい子なの?」
「うん、感じの良い人だよ。短い付き合いだった陸上部時代に仲良くなったんだ」
「ああ、あんたが入部届出す前に追放されたアレね。そういえばあんた、あれ以来帰ってくるの早くなったわよね」
「まぁね。ただでさえ長い学校なんだ、放課後までいてやることはないさ。まぁそれもみさき先生に会いにいけた陸上部時代には放課後だって楽しかったんだけどね」
「陸上部時代って勝手に言ってるけど、入部前追放のあんたには陸上部時代なんて一秒もないんだからね」
「ははっ、名乗ればこちらのものさ」
ここで姉さんは写真を机に置いて、また話しを続けた。
「これぞう、どうかしら?この際だからみさき先生からこっちの松野さんに乗り換えるってのは」
「そんな!乗り換えるだなんて!彼女たちを携帯電話利用プランの変更みたいに言っちゃいけないよ!」
「お姉ちゃんはこれぞうの味方だからどっちを好きになっても応援するよ。でもね、普通に考えてあんたの身分でみさき先生はハードル高いでしょ。ここは同じ学生の松野さんにするってのもアリじゃない?」
「そんなぁ、みさき先生を諦めるなんてことは出来ないさ」
「初恋は実らないものとも言うわ。こうして好きって言ってもらってるんだから、松野さんの想いも真剣に考えるべきよ」
姉さんは、僕の嫌いな考えを口にした。それと言うのが初恋は実らないものってやつ。
確かに統計としてそうなのかもしれない。実際これを言う人はたくさんいる。でも僕が気に入らないのは、初恋だからというのを失恋の言い訳にするようなあの感じだ。駄目で元々だったみたいにこれを笑いながら言うのを僕は面白く聞くことができない。初恋だろうが二度目の恋だろうが、どの恋も本気の恋だったはずだ。それをヘラヘラ笑って「まぁ、初恋だから仕方ない」なんて言ってのをみると僕はムカっとくる。失恋しても良かったなんてことがあるものか、本気で恋して絶対にものにしたい出会いだったのなら、ヘラヘラせずに本気で悲しめ、本気で悔しがれ、と僕は想うんだ。初恋だから失恋のダメージが少なめ、なんて風に心の傷をごまかすようなあの感じが気に食わない。本気なんだ、何から何まで本気なら、最後の最後に例え敗北しても、その敗北すらも本気で受け止めるべきた。
「初恋は実らないもの」という失恋の法則は、初恋を実らせることが出来なかったものが、自分への慰めとして作った負の法則だ。この文言を最初に言って、それから広めて言った全ての初恋敗退者の方々には申し訳ないが、僕は素直にそう想う。ならば僕は数々の初恋敗退者の報われない魂を連れて、見事初恋を実らせてやろうじゃないか、僕の手で負の法則を捻じ曲げてやる。そうだ、何度目の恋なんて関係ない。みさき先生を諦める理由にはなりはしない。僕は本気なのだから。
「姉さん、分かったよ。僕はみさき先生が好きだ。松野さんの想いは謹んでお断りするよ」
「これぞう、あんたマジなのね」
「姉さん、僕はお祖父さんの言った『高い見識を得よ、しかしユーモアを忘れた男にはなってはいかん』という教えをいつも胸に抱いて生きている。僕は文学青年、横に=(イコール)を置いてインテリだが、それでもユーモアのある男だ。でもね、こと恋愛に関してはおふざけはなしさ。みさき先生への想いを貫くことで、松野さんの想いに真剣に答えることにするよ」
「お祖父ちゃんは何でも知ってる人だったけど、博識な人とは思えない程にユーモアたっぷりな人だったわよね。あんたも似てきたと想うわ」
「だいたい賢くなきゃユーモアなことを言うこともできないさ。姉さんこんな時間にありがとう」
「ほんとよ、こんな時間に何を言いに来たのかってビックリしたわよ」
そうして僕は姉さんの部屋を出た。
この時、時刻は深夜2時だった。僕はラブレターにドキドキしたまま一旦布団に入ったのだが、眠れなかった。そこで、これは姉さんに相談するしかないと想った。こんな時間まで相談を迷ったのは、松野さんの手紙を、人に回すのはいけないことだと想ったからだ。松野さんには悪いが、それでもこれを姉さんだけには見てもらわないとモヤモヤが解決しない。松野さん、ごめんよ。姉さんは誰にも言わないと誓ってくれたから安心だ。
しかし気になるのは姉さんのこともだ。2時なのに机に向かってまたケツアゴ男をノートの端に書いていた。姉さん、あの落書きが相当気に入ってるなぁ。