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第百三十七話 時には筆を握ろう

 拝啓 先生お元気ですか。僕はと言うと、産まれて16年間、元気でなかったことはありません。先生にお会い出来ない日々が続いて寂しく想う今日この頃です。手紙初めには、気の利いた時候の挨拶の一つ二つでも記載出来たら良かったのですが、何せ手紙の挨拶に慣れないもので思いつきません。思いつかないままに挨拶を済ませ、手紙本文へ入って行くことにします。

 突然手紙なんて送って先生はさぞびっくりしていることだろうと思います。先生に何かメッセージをと想ったのですが、メールでは味気ない。そこで、先生に愛のこもった弁当を作る時間が無くなったために空いた時間を使い、たまには筆を取って手紙を書いてみようと思いました。今はとても緊張して書いています。言いたいことを頭で考えて文章にして紙に書く。最近ではパソコンを使って文章を書いたり読んだりすることが増えたので、自分で紙に書くとなると、何か緊張しますね。それも、これは墨をつけた筆で一発書きしているのです。失敗しないために先に鉛筆で下書きをするということも出来ますが、先生への言葉は、いつだって生で新鮮でマジな物にしたい。それならば二度辿ることをするのは何だか違うような気がしたのです。上手く言えませんが、より手紙に気持ちを込めるなら、その場で一発書きしたものがいいのではないかと個人的に想ったわけです。失敗しないようにゆっくり書いています。

 先生にもいつか話したことがあったと思いますが、僕は作家夏目漱石が大好きです。彼はいくつもの興味深い話を書いては、それらを世に残しています。そんな漱石の小説の中で、長ったらしい手紙を書き綴る内容の作品が二つありました。それを思い出して、僕もあんな風に少々長めの手紙を書いてみてもいいではないかと想ったのです。先生は忙しい社会人、それに真面目に働いて疲れていることと思います。手紙に付箋を同封しています。もう眠くて読んでられないわ、と想った時にはそれをここまで読んだ印としてペタッと貼っておいてください。お疲れのことだろうと思いますが、こちらとしては、区切り区切りでもとりあえす最後まで読んで欲しいです。それくらいマジな気持ちを込めて手紙を認めているのです。

 手紙なんかを人に書くのは、記憶にある限りでは初めてのことです。先生にいつか恋文を書いたことがありましたが、あれを抜きにしての話です。昔ながらの手紙の書き方やマナーというものを僕はどうにも理解していないので、拙い内容の手紙となっているかもしれません。しかし、この際ですからそこら辺の細かい手紙ルールは無視ということで、僕の気分で、僕の言葉のみを書いて行こうと思います。

 

 我が故郷を離れ、次は先生の故郷に来て、僕は第二の高校生生活をスタートさせました。なんと偶然にもみすずちゃんと同じクラスになりました。学校までの道のりを覚えていないので、彼女とは学校までの行き帰りを共にし、学校でも教室の場所とかその他の勝手が分からないので色々とお世話になっています。彼女はいつだって元気で明るい少女です。こうして日々見ていると、しっかり先生の面影が見えます。姉妹なのだから当然とも言えますね。みすずちゃんのサポートを受けて、僕の第二の学生生活は、とりあえず何とか無事に行ってます。

 そう言えば、この間はお近づきの印ということで、彼女に喫茶店のパフェを一杯奢らされました。みさき先生の妹さんだけあって良く食べ、その時には実に美味しそうに食べます。みすずちゃんはとってもパワフルな子です。

 こちらの学校には、まだ先生が在学中から勤めている先生方がいます。先生の評判はかなり良いですよ。老齢の彼らの記憶を僕の記憶にも刻もうと思い、若かりし日々の先生のあれこれのお話を聞いています。男子相手に剣道も柔道も負けることは無かったということも聞きました。体育祭のリレーではケツからでもごぼう抜き、騎馬戦では相手に帽子を触らせもしない無敵っぷりを披露したと先生方は伝説を語るようにして聞かせてくれました。それも皆楽しそうな顔で。

 僕の知らないみさき先生のことが知れて、なんだか嬉しい気分になりました。


 先生の後輩でもあるこちらの学校の在校生には、愉快な連中がたくさんいます。

 まず、みすずちゃんの親友の女子なのですが、この子は大変気が強く、これまで僕が接したこともない男勝りな子なのです。その子はソフトボールでみすずちゃんとバッテリーを組むピッチャーをしているのです。僕も今となってはバッターボックスで鳴らしたスラッガーなので一戦手合わせしたのですが、残念、空振り三振で負けました。その子も先生並に腕に覚えがあるようです。その子には幼馴染の男子が二人いて、この二人も僕と同じクラスに通っているのです。どちらもぼぅーとした男子で、ピッチャーの彼女にはいつも叱られています。

 そのぼぅーとした二人がまた愉快な連中でして、いつも遅刻したり、宿題をやってこなかったりでよく居残りや罰を受けているのです。その二人の内の一人は、アニメやゲームが大好きで、僕にもあれこれと作品を勧めてくるのです。その中に、僕が今まで読んだことのない「ラノベ」というジャンルの本がありました。試しにそれを読んでみると、荒唐無稽の極みのようなぶっ飛んだ題材が扱われているのです。最初こそバカバカしいと想ったのですが、これまで現実的なお堅い文学を読んで来た僕にとって、こういった物はかなり衝撃的でした。気づけばこれはこれで面白いと想うようになり、次々と手に取って読むようになりました。故郷を飛び出して、これまで触れたことのない文化を知りました。広く世を見聞するのもいいものだと思いました。


 先生のお父さんが気に入ってるという洋菓子屋から通ってくる男子もいます。彼は無骨そうな見た目なのですが、顔に似合わず菓子職人を目指しています。その練習で作った様々な菓子は、昼食時間になると僕の胃に入ることとなります。彼が持って来る菓子を食うのが最近では楽しみです。僕は家庭料理の方に力を入れて勉強してきたので、彼のように菓子作りにももっと明るくなれたらと思います。いつかまた先生に僕の作った菓子を食べてほしいです。


 ああ、そう言えば、自宅でメイドさんを雇っている男子生徒がいるのです。いつぞや先生が連れ立っていたメイドさんがいましたよね。あの人です。あの人も実に美しい。それは先生の方がそうなのですが、しかし、なかなか目の保養となる方です。あのメイドさんが仕える男子は、少々横柄な態度が鼻につく人物なのですが、まぁそれはお坊ちゃまなので仕方ないですよね。でも彼は、文学好きの僕からしても舌を巻く程様々な本を読んで知識が実に豊富なのです。僕が読むような本は100年からそれ以上前の古い物ばかりで、同級生と語ることができないような趣味でした。しかしこんな異郷の地で出会った彼は、知識が豊富なのでたっぷり文学を語り合うことが出来ます。この趣味を他人と共有したことがなかったので、趣味を共有することは素晴らしいことだと思いました。とても新鮮な体験でした。


 みすずちゃんはこれらの愉快な連中全てと面識があって皆と仲良しです。男女別け隔てなく接する明朗快活その物な子だと思います。

 他にもびっくりしたのですが、みすずちゃんは裏山の熊と話していることがありました。僕は熊なんて人生で初めて見ました。大きくて怖かったです。みすずちゃんは熊相手でも平気で遊んでいます。それから、公園の近くに行けば、空き缶がたくさん詰まった大きな籠を背負ったおじさんがいます。この謎のおじさんともみすずちゃんは仲良しです。あのおじさんはどこかで見たことがあるような気がするのですが、思い出せません。みすずちゃんには知り合いが多くてびっくりしています。随分社交的な子なんですね。


 そんな訳で、僕はこっちの街でも何とか楽しくやっています。あかり姉さんも相変わらず元気で、みすずちゃんを見れば可愛い可愛いと言って愛でています。姉さんも先生に会いたいと言っています。またいつか皆で会えると良いですね。

 長々と手紙を書いてしまいました。そろそろ僕の右手も疲れてきた頃です。これをここまで読んだとしたら、先生だって目が疲れてくるでしょうね。二人のお疲れポイントが交わったところでこの手紙はおしましにしますね。

 それではお元気で。先生の健康を命続く限り願っています。

 

 水野みさき第一の教え子 五所瓦これぞう            

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