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第百三十六話 プレイバック私達の知る変人

 長針がカチリと音を立てて進むと、四時間目終了のチャイムが鳴る。それは午前の授業終了と共に、楽しい昼食の始まりを合図するものでもあった。この合図を耳にすれば生徒、教師を含めた学校の皆がほっとする。半日の疲れを流すために一服する、これが楽しみだからだ。

 

 昼になればいつだってこれぞうが訪ねて来る。おいしい弁当と、とびっきりの笑顔を携えてやって来る。みさきは、つい職員室入り口に目を向ける。そして気づく。

(あ、そういえば、五所瓦君はもういないのか……)

 新学期を迎えた年度最初の授業日、みさきはこれぞうがいないことを改めて感じた。


「はは、水野先生。寂しくなったものですね。ほら、あのいつも先生に弁当を届けにくる可愛い弟。あの彼と来たら年中元気でしたからね。あの騒がしいのがもう来ないと思えばちょっと寂しいものですね」と校長が言った。春になってこの校長の腹はまた少し出て来た。以前これぞうに狸と例えられた彼だが、今ではもっと狸に近づいている。

「そうですね。静かになりました」

 春からみさきの周りはすっかり静かになった。五所瓦これぞう、そしてその家族、彼らはみさきに深く関わった人物であり、いつだって喧しかった。それがいなくなれば、当然みさきの私生活は静かなものとなる。それが良かったと言えば良かったと言えるが、反面寂しくもあった。

 実際の所、みさきにとって昼飯を作ってもらうということは、時間的にもお財布的にも助けとなった。これぞうは人間があんなのだが、手先は器用、味覚も冴えたる物を持っていたので、完全に美味い弁当をよこしてきた。みさきはこれぞうの料理の味が好きだった。

 これぞうが去ったことで、みさきの食生活は少々寂しくなったのであった。

 今みさきは、いつぞやこれぞうが作ってくれた筑前煮の優しい味を思い出していた。自分よりもずっと年下の男子が作った物であるが、あれには懐かしい母の味のような物を感じたのであった。


 そんなみさきの今日の昼飯は、コンビニで買ったおにぎりであった。コンビニのおにぎりと聞けば、飲食専門店でもない店の商品だから大したことはないと思うかもしれない。しかし、昨今では、コンビニの食品に対する力の入れ具合は結構マジなものであり、味はかなり美味しいのだ。


 大蛇おろち高校は変人を一人失ったわけだが、それによって意外にも大きな穴が空いたような感じがしていた。

 進級した松野や久松もそれを感じていた。彼の存在は異質にして異端、普通の外であった。しかし、それがクラスの調和を乱すかと言えば必ずしもそうではなかった。時には、よりクラスがまとまるためのエッセンスともなったのがこれぞうという存在であった。これぞうを知る者達は、彼が抜けた穴の存在をひしひしと感じるのであった。この世には、失ってからでないと気づかないこともある。一同は今回のことでそれを実感していた。

 これぞうという男の代わりとなる人物は、おそらく街中探しても見つからない。しかし、代わりを用意する必要がいるのかというと、そうではない。これも一同が想ったことである。とにかく振り返ってみればみるほど、五所瓦これぞうという男は謎の人物であった。


 彼がいなくなった街は、彼がいなくなったことを認識したが、それでも彼がいた時同様、問題無く回り続けるのであった。ここはソニックオロチシティ、平和で暖かい皆の街である。

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