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第百三十一話 その言葉で僕はまたあなたを好きになる

 後日、これぞうは部屋に籠もりきりだった。しかし飯はしっかり食うし、トイレにも行った。ステータスは良好。籠もりきりというのは、それ以外の時間のことである。

 これぞう以外の家族三人は相談し合い、その結果あの人を呼ぶことにした。今日は日曜日、あの人の予定を抑えるならここしかなかった。


 母しずえは、これぞうを何とかするべく呼び寄せた人物を玄関で出迎えた。

「先生、わざわざお越しいただいてすみません。今のあの子は大変傷つき迷っている状態です。そこに放り込める特効薬があるとすれば、それは水野先生、あなただけです」

「はぁ……」と答えたみさきは、私は一体何の薬なのだろうと想っていた。


 みさきはこれぞうが籠もる二階へと上がっていった。かつてこの家に泊まったことのあるみさきだが、これぞうの部屋には入ったことがない。

「コンコン」と部屋をノックする音がする。それを聞いたこれぞうは、ピカイチな聴力を持っていながら無視を決め込んだ。

「五所瓦君、私だけど、寝てる?」みさきが声を発しただけで、扉の向こうからドンドンと足音を立ててこれぞうが向かってくるのが分かった。

「先生!またどうしたのですこんな所へ来て!しかし良かった。是非お会いしたいと想っていたところでした。ささ、どうぞどうぞ入って下さい。狭い部屋ですが、それが逆に考え事をしたり趣味に集中するのに良いんですよね」これぞうは笑顔を見せて大好きなみさき先生を部屋に招き入れた。

「あ、ちょっと待ってくださいね」というとこれぞうは階段まで移動し、そこから大きな声で言う。「お母さん、先生に熱いお茶と小洒落たお菓子を用意してあげてよ」

「はーい」と下から母の声が返って来た。


「ささ先生、座布団に座ってください。いやー先生が僕の部屋に来てくれるなんてこれは何とも嬉しいことだな~」

「あれ、傷つき迷ってるって聞いたけど……」これぞうがすごく元気そうなのでみさきは疑いの目を向けた。

「ええ、それは本当ですが、それはそれ、これはこれですよ。先生が来てくれた。だったら傷ついたり迷ったりしている場合じゃない」

「じゃあ、家族の皆と一緒に引っ越すのね?」

「いえ、それは……ははっご存知でしたか」

「はぁ~。だって家の人に頼まれたのよ。あなたを元気づけるのと、説得をね」

「なんと!それでお越しいただいたとは……こんなつまらない話に付き合わせて申し訳ない。それも貴重な休日に」

「で、どうするの?」

「僕は……嫌です。先生から離れるのは……」

「あのね、あなたはまだ子供で、親と一緒にいるのが良いと想うけど」

「それは、その通りですけど……」

 これぞうは下を向いたまま答える。それから3秒程してこれぞうは「先生!」と一言発すると、正座の格好でみさきに詰め寄り、みさきの両手を握った。

「は!何?」

「どうか、先生の所へ置いて頂けませんか?」

「はぁ?ダメに決まってるでしょ!」

 みさきと離れないためには、とりあえず街に留まらなければいけない。その方法としてみさきと同居するということは、とりあえずの案のつもりが、本懐を遂げることとなってしまうではないか。これは何か変だ。言った後になってこれぞうはそこに気づいた。

「はぁ……ダメか……」

「もう、何言ってるのよ。そんなのあなたの両親だって許すわけないでしょ」

「先生、実は僕、1月で16歳になったのですよ」

 これぞうは1月産まれであった。

「それはおめでとう」

「そこでだ。先生、16になったことだし、いっその事結婚して二人でここに留まりませんか?」

 突然のプロポーズが始まった。

「いいえ、出来ません。男子の結婚は18歳からよ」

「ああ!そうだった!16は女子の方か!ああ、なんで僕は女子じゃないんだ。いや、しかし女子だったら益々どうにもならないじゃないか」

 これぞう、乱心モードに入っている。

「まぁ、先生。少し待っていてくださいよ。18や20歳なんてマジですぐだってお祖父さんが言ってましたから」

「はいはい、すぐね」


「もう、真面目に考えなさい。これは大事なことよ。五所瓦君が嫌と言っても、高校生が一人残って暮らすのは難しいわ。それにあなたの家族が、あなたのいない生活を考えてないわ」

「家族は大事だ。みさき先生との学園生活も大事だ。しかしそれは、肉と郵便の秤が違うように同じ天秤に乗るものじゃない。だから、どちらが軽い、重いなんてのは簡単に分かりはしないのです」

 これぞうは家族がいない生活とみさきがいない生活のどちらも想像出来なかった。

「先生、僕は、その何と言ったら良いか……僕がこの街に執着する理由の多くは、やはりその、先生がいるからということが関係するのです。僕はその点この上なく本気なのです」

「それは、ありがとう。でもね、やっぱり家族は一緒にいなきゃ。私はやっぱりあなたが家族といるということが一番だと想うわ」

「先生……」

「私は余所者でありながら、この家に数回出入りし、泊まったこともあります。だから分かるわ。この五所瓦家はとても暖かい家庭を築いているわ。それはあなたの両親が愛を持って家族を形成し、維持もしてるから。そしてあかりさんとあなた、二人の子供も両親の想いにしっかり答えているわ。あなた自身が家族を愛し、支えたいと想っている、その自覚があるはずよ」

「確かに。僕はもちろん、姉さんだって家族の絆が繋がり深まることにはいつだって協力的だ」

「いい?今は同じ血を持ちながら、憎み合って傷つけ合い、末には殺し合いもする家庭だってあるの。そこへ来てあなた達はこんなにすばらしい関係を形成しているじゃない。当たり前に想うでしょう?でもそれが当たり前じゃない人、望んでも手に出来ない人達だって少なからずいるの。あなたはあなたの家族を誇って愛して大事にするべきよ」

「先生……あなたと言う人は……そこまで僕ら家族のことを……」これぞうの目頭は熱くなっていた。目の前の女性は、持ち前の分析力を発揮して、自分の家族のことを愛ある善良な民と認めてくれた。そして、この自分のことも褒めてくれた。暖かい言葉をかけてくれた。これが自分の愛した女だ。素晴らしき女性だ。これぞうは心からそう想った。


「ありがとうございます。みさき先生……しかしそれでも僕は……」これぞうの目から一粒の涙が溢れた。今の言葉で、またもう一段階惚れてしまった。尚更みさきと別れたくないと想った。

「五所瓦君?」

「いえ、ちょっと、すみません。ああ、それよりもお母さんのお茶の準備が遅い。ちょっと様子を見てきますよ」そう言うとこれぞうは立ち上がり、階段を降りて下の階の台所に向かった。

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