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第百三十話 別れたくない人、会いたい人

 あれから30分が経過した。

 これぞうはゆっくりと自室の扉を開け、静かに階段を降りる。そして再び食卓についた。その場の勢いに任せて飯も途中で退室したが、育ち盛りの彼が飯を残して平気な訳がない。やっぱり腹が減って戻ってきたのである。

 あかりはテレビを見ていたが、これぞうがポツンと一人食卓で飯を食っているのを見てクスリと笑った。

「やっぱりお母さんのご飯は美味しいでしょ?」

「うん……」

「残すなんて罰当たりなことをしてはダメよ。お祖父ちゃんも言ってたでしょ、目の前に出された飯は残すなって」

「うん……」と答えると、これぞうはズルズルと味噌汁を啜る。すっかり冷めているが、それでも美味しい。

「ごちそうさま」これぞうは飯と母に感謝して手を合わせた。

「姉さん、姉さんは引っ越しをどう思う?」

「どうもこうもないわ。お父さんが引っ越さないといけないのよ。娘の私はついていかないと」

「大学は?」

「大学は向こうに行っても電車で通えるわ。というかちょっとだけ近くなったくらいだわ」

「じゃあ僕だって電車で大蛇おろち高校に通うよ」

「それは色々面倒だし、だめね。遠すぎるわ」

「そんな……」

「これぞう、青春は大事なの。それはあんたも私も、その他の有象無象にとってもそうなの。そんな大事な時間を、ただ電車に乗るだけの移動時間で何時間も消費するなんてことは、弟想いのこのお姉ちゃんが許しません。あんたは向こうの学校で青春を謳歌しなさい」

「……」これぞうは姉の意見は最もだと想った。移動時間を長く作るなんて愚かな真似をするのはやはり良い考えではない。そんなことをしている間には家で好きな本を読める時間に当てた方がよい、そして春から未だに継続している在宅ワークでその時間分稼げる。彼は退屈な義務教育生活を通して、時間を無駄にすることは大罪だと認めていた。それを自らするなんてことは出来ない。

「これぞう、今の友達、そして今の好きな人。それらと一生離れ離れになるわけじゃないわ。別れだってためになる経験よ。もう決まったことなのだから前向きに考えなさい」

「姉さん、姉さんは僕より少し年上なだけなのに、僕を含めた多くの凡人を超越している。だからそんなに物分りがいいんだ。僕は姉さんとは違う。割り切れないよ。お父さんも誰も悪くない。仕方ない。理屈は分かってる。でも頭が理解したがらないんだ」これぞうは席を立ってまた二階に上がった。

「これぞう……あんたはそこらの凡人に入らないと思うけどね」


「あかり、これぞうはどうだったかな?」実は物陰に隠れて姉弟の話を聞いていた父が声をかけた。

「まぁ大丈夫だと想うわ。皆知っての通り、あの子は変人だけど賢い子よ。時間がかかるだけのこと。きっと分かってくれるわ。だってあの子はお父さんを、そして家族皆を愛しているからね」

「あかり、お前って大きく構えて頼りになるなぁ。まるでお母さんみたいじゃないか」父は感心する。

「ええそうよ。そんな私とそっくりのお母さんに惚れて一緒になったんでしょう」

「ふふっ、分かってるじゃないか……」

 そして母しずえもごうぞうの後ろに隠れていた。

「あなた、子供の前で惚気ないで」と言ってしずえは顔を赤くする。

「もう、いちゃつくのは子供がいない所でやってよ。良いことだけど、年頃の子供の前でやるべきじゃないわ」

「ははっ、そこはちゃんとするさ」父は笑って答えた。

「それにしてもこれぞうってば、やっぱりお腹が減って戻って来たわね。片付けなくて良かった。こんなに綺麗に食べてくれちゃって」母は空になった皿を見て喜んだ。

「ああいうシリアスな場面でもしっかり腹が減るんだもんなぁ。図太い子だよ」

「それはお父さんの子だからでしょ」


 そしてこれぞうは、部屋の電気をつけたまま布団で横になっていた。

「4月には向こうに引っ越すだって……冗談じゃない。春から得た僕の安息の地が遠のく……その先にみさき先生が待っていない校門をくぐって何が面白いのさ」

 これぞうは天井を見つめていた。まずはみさきを思い出すが、クラスメイトの松野や久松、担任の田村のことだって忘れてはない。

「転校生かぁ……ドラマとか漫画を見て、ああいう特殊な立場を味わうのも面白そうって想ってたのに……本当になるなら、その前の別れが嫌だなぁ……」

 これぞうの中で別れが現実的なものに思えて来た。

「初詣で神様にお願いしたのに……その返事がコレとか、僕も神に嫌われたものだ……」

 これぞうは初詣ではみさきとの仲が上手く行くように願った。

「先生に会いたいなぁ……」

 心からの願いが無意識に口から漏れた。

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