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第十二話 太陽の下の文学青年

 次の日の放課後のことである。


「というわけで今日はお喋りばかりせずに選手として、活動しようと想います」これぞうは体操服に着替えて出来もしないことをほざいていた。

 これを聞いた筋骨隆々な陸上部部長は「おいおい五所瓦、お前練習についていけるのか?」と問う。

「ふふっ、キャプテン、練習についていけもしない者が、選手としてトラックなりフィールドなりに立てるわけがないでしょう。選手として、と僕は言ったのですよ。練習にもついていけなかったら僕は陸上競技に向かないただの文学青年だったと判断してくれてかまいませんよ」


 それから10分。


「はぁはぁ、キャプテン……頑張った、僕は頑張ったんだ。最初にジョックをしたでしょ、その後に筋トレメニューをしたでしょ。そこまでの最初の5分くらいは、やばいなぁコレきてるなぁと想ったけど頑張ったんです。あそこでみさき先生が見てるからね。でも、その後の20メートルの区間をおかしな格好をしながら行ったり来たりするあのメニューは切り抜けられない。すみません。僕はやっぱりただの文学青年でした。勇気を出して図書館を抜け出したものの、やはり我々は文学に愛されたゆえに、太陽には嫌われてしまった。選手になることは潔く諦めましょう」

「ははっ、文学青年らしい解釈だな。でもどうだろう、もう少し頑張っては?基礎トレ途中でまだトラックを走る段階にも来てないんだぜ」

「はぁ、キャプテン、それはありがたい申し入れ。しかし僕のような文学青年がトラックを駆けるなど、酸素タンクを持たずしてダイビングするようなもの、潜っても帰ってはこれません」

「五所瓦、お前の言ってることは4割くらいしか分からないが、とにかく愉快なことを言ってるヤツだってことは分かるよ。はっはっは~」

 部長はかなり大らかであった。選手としてはまるで駄目なこれぞうだが、部長はこれぞうを気に入ったようだ。


「みさき先生~、というわけで選手生命を絶たれた僕はマネジャーをすることにしますよ」

「いいえ、それならもう二人もいるから間に合ってるわ。それからあっち、彼らの目をみてごらんなさい」

「えっ?」

 これぞうはみさきが指差す方を見た。そこには男女の部員5人が固まったいた。彼らはこれぞうを睨んでいた。彼らは連日用もなく部活にやって来てみさきに絡んでいる変人これぞうに対して練習の邪魔だという至極まっとうな不満を抱いていた。この5人の中の1人などは言葉を濁してのことだが、要は「あいつが入るなら部を辞める」といったことまでみさきに言ってよこした。


「なんですか彼らは。随分情熱的な眼差しで僕を見つめていますね」

「君、それわざと言ってるの?まぁ良いわ、実はね、五所瓦君の出入りには苦情が来ています」

「何だって!みさき先生と僕との愛のやり取を見せつけ過ぎたかな~」

「私と君との間にいつそんなことが会ったのよ!」


「五所瓦君、スポーツドリンク飲む?」

「ああ、頂こう!」

 10分に届くか届かないかの運動でもしっかり汗をかいたこれぞうを気遣って、やさしい松野はドリンクを用意してくれた。松野は水筒のコップにスポーツドリンクを注いだ。

「あ~美味いや。塩分と糖分を回復だね。そういえば先生から絶賛を頂いたあの梅でも持ってきておくんだったな~。あっ松野さんご馳走さま」

「どういたしまして」


 極自然な同級生のやりとりだがみさきは(松野さん、だいたんじゃない)と想っていた。

(松野さん、自分の魔法瓶で、そのコップで飲ませてるってことは、コレって間接キスってやつじゃないの。まだ高校生だったら例え間接だってそういうのは恥ずかしいとか意識するんじゃない?)

 松野の顔は赤くなっていた。みさきの気にするそこら辺のことは松野も気づいている。

(で、この子よ。何にも気にせずに女子のコップで飲んでる)

「あっ、松野さん、おかわりを貰えるかな。喉が干上がっちゃってさぁ~」

(人の魔法瓶のコップでおかわりまで頼んでいる。鈍感な上に図々しい)

 

 スポーツドリンクで一杯やりながらこれぞうと松野は談笑していた。これぞうはまるで中身のない雑談をし、松野はそれを嬉しそうに聞いていた。


(ああ松野さん……すごく嬉しそう。松野さんあなたはどこへ行くの。五所瓦君と急接近しているじゃない。私は松野さんを応援していいのだろうか)


「五所瓦!どうだ、選手は駄目だったとしても、たまには太陽の下で汗を流すのも良いものだろ?」

 多くの部員と違ってこれぞうを気に入った部長が言った。

「ええ、そうですねキャプテン。僕はえらいことは嫌いだけど、本当にたまになら悪くないかもですね。現に今はなにやら清々しい気分になっていますよ。文学青年の僕は太陽の下を嫌って部屋で本を読んでいましたが、それでも外に出てみないと分からないことがあった。太陽の下でも良いことってのはあるものなんですね」

「さすが文学青年だな。物分りがいいじゃないか。で、何だ文学青年って?」

「ははっ、部長だってあまりにも筋肉だらけじゃいけないなぁ。たまには図書館に行くと良いですよ。無論、筋トレじゃなく読書をしにね」

「ははっ夏の大会を征したらそれも考えるか」

「はっは~」

「はっは~」

 

 二人はグランドの隅から校舎を見ながら並んで立っている。そしてなぜか気分良く二人声を出して笑っていた。


「男同士の友情ですね水野先生」みさきの顔をみながら松野が言った。

「え?ああ、そういえば部長も結構愉快な子だったのよね……」


 結果的にこの日を最後にこれぞうは部を追放されたわけであるが、陸上部に通っている間に松野に好かれ、そして部長にも好かれた。この二人とはその後も校内で会えば談笑する関係が続いたという。

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