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第百二十八話 激突February

 今日は2月14日。

 恋人がいる者からいない者、イケメンからブス、あらゆる人がちょっぴりから大いにまで意識する日、それがバレンタインデーだ。

 

 恋する少年これぞうは、愛しのみさき先生にプレゼントするケーキを遂に完成させた。試作の段階であかりに合格をもらってはいたが、それでも作品の精度を上げることを怠らないのがこだわりの男これぞうであった。バレンタインデー当日まで、彼は日夜ケーキを研究してどんどんその腕を上げて行った。色んな種類のケーキをたくさん作り、その度に姉に味見してもらった。あかりはこの期間にたくさんのケーキを食ったが、完璧女子の彼女はあれだけ食っても美しきボディを保ったままだった。

 14日の朝、これぞうは普通に学校に行って、普通に帰って来た。渡す物はケーキだから、学校に持って行っては崩れてしまう。渡すなら、みさきの家に持っていこうと決めていた。

 彼は今、愛を込めたケーキをみさきの家まで運んでいる。


 一方、ヒロインのみさきはと言うと、自宅で悶々としていた。

 みさきは居間をぐるぐる歩き回って考え事をしていた。考え事をする時には、体を動かす方が解決策が浮かびやすいという者もいくらかいる。みさきがそれだった。

「うーん、これをどうしようか……」

 みさきはいつも食事をする机の周りをぐるぐると歩き回っている。机の上にはチョコレートが置かれていた。実はみさき、みすずと買い物に行った時にチョコを一つ買っていたのだ。それも試食に一生懸命だった妹の目を盗んでの購入であった。


「買ったけど……これ、渡す?でも、いつも弁当をもらって、その他にも色々もらってる。家にも泊めてもらって、何だかんだで世話になってる。義理チョコってことで、日頃の世話になったお礼で渡せば、何も不思議なことはないわよね」

 みさきはこれぞう用に買っていた。しかしみさきは、これまで男子にバレンタインチョコをあげたことがない。なので、渡すだけでも何だが照れるし、その上この場合には生徒と教師だからという点が壁となり、余計に渡すのに困る。

「そういえば、皆はどんな気分で男の子にチョコを渡すのだろう」成人も過ぎて初めてこんな悩みを抱いたみさきであった。

「私があの子の家に行くのは……なんか嫌だし。でも買ったのにどうするのよ」

 みさきは自分で自分がれったくて、しまいにはイラつき、情けなくなって来た。

 何故自分がこんなことで、年下の、それも生徒のことで真剣に悩まないといけないのか。この問題を簡単に始末出来ない自分が意外だった。

「私は、この手のことになるとこんなにも行動力がないのか……」何事にもアクティブな彼女が、チョコを渡すだけという簡単な行為を前に尻込みしている。みさきはこれまで自分の知らなかった自分の姿を感じていた。

 こうなると、いつだってを口や行動で相手に好きの気持ちを示すこれぞうがすごいと思えてきた。


「ピンポン」みさきの部屋の呼び鈴が鳴った。

 考え中に誰だと想ったが、無視も出来ないのでみさきは玄関に向かった。

 そして扉を開けてびっくり、そこにいたのはこれぞうであった。

「先生、こんにちは。いや、もうこんばんはですかね」

 時刻は18時を過ぎていた。

「五所瓦君!どうして!」

「どうしてもこうしてもありません。僕はここ半月程、先生にこれを食べて欲しくて仕方なかったのです」そう言いながらこれぞうはケーキを詰めた箱を差し出した。

「今日はバレンタインデー。という訳で、チョコをたっぷり使ったケーキを先生にプレゼントします。受け取って下さい」

「え、男の子なのに?」

「そう、男の子です。しかし本場アメリカでは男の方から女性にプレゼントするのが主流と聞きます」

「ああ、そういえばね」

 みさきはケーキを受け取った。

「ありがとう」 

「やったー!やっと先生に渡せたぞ!いやー今日は学校にいる時から早くこの瞬間を迎えたくてワクワクしていましてね」 

「もう大げさね」

 自分はウダウダ考えるばかりで結局家にいただけだった。しかしこれぞうは学校が終わってわざわざ相手の家まで来た。そしてプレゼントを躊躇なく渡す。みさきは、何故これぞうが行動に迷わないのかと考えた。

「ねえ、五所瓦君」

「はい」

「これをくれる真意ってのは?」

「ははっ、ここまでアピールして気づかないってことはないでしょう。先生、僕を試すような真似は止めて下さい。僕は先生が好きだから僕の愛と共にこのケーキを受け取って欲しかったのです」

「……」

 みさきだってバカじゃない。これぞうがケーキをくれる意味が何かなど分かっている。それでも敢えて答えを聞きたい気になった。


「どうして君はそんなに真っ直ぐなの……」みさきはつい考えを口に出してしまった。

「え、先生……どうしたのです」

 みさきはこれぞうの目を真っ直ぐ見つめた。

「あ、あの、まぁ生物なまものなので早めに食べてください。姉さんから太鼓判をもらった作品です。味は大丈夫ですよ」これぞうは自分から見つめるのは平気でも、相手から見つめられると照れてしまう。みさきから目線を反らして話した。

「……ありがとう」

「先生……」ありがとう、そう言ったみさきの顔がいつもよりも色っぽく見えたこれぞうだった。

「ちょっと待ってて」みさきはこれぞうを待たせると例のチョコを持ってきた。

「はい、コレ。バレンタインのチョコよ」

「へ?僕に?」

「あたり前でしょ。他に誰かいるの?」

 これぞうは辺りを見回す。誰もいない。

「いえ、僕以外にはこのチョコを受け取れる人物はいませんね」

 これぞうは震える手でみさきがデパートで買ったチョコを受け取る。

「ああ……あああ……」これぞうは震える唇でそう言う。そして次には「やった!やったぞ~!」と歓喜の雄叫びを上げる。

「ちょっと!静かに!」

 ここはアパート、他の人もいるのでみさきはこれぞうを黙らせた。

「ああ、ごめんなさい。いや、こっちがサプライズを仕掛けるつもりが、逆にやられて……ああ、嬉しい。食べるのが勿体ない」

「義理よ」

「義理でもアリでもキリギリスでも良い。肝心なのは今日という日に、みさき先生から贈られた物だと言うこと」

「何よそのコメント」

 これぞうは、大きな喜びを痩せっぽっちの体に押しとどめることが出来ない。ものすごく喜んでいる。それはみさきにもよく分かるものであった。


 その時、車のクラクションが鳴った。

「あ、時間ですね」

「え?」

「ここは乙女の部屋で、教師の部屋でもあります。そこへ男子生徒の僕が遅い時間に寄るのは、色々と愉快なイメージを呼び起こすでしょう。そうお父さんが言うのです。そこで、今日は保護者同伴なんですよ。ホラ、あの車、お父さんと姉さんが乗っています。10分経って僕が帰らないとなると、その……僕が理性の檻を破って先生に失礼を働いたものと考えて、部屋に突撃して僕を強制的に連れ帰る。そういう約束をお父さんとしているのです。そして今の合図は8分が経過したってことです。あと二分で挨拶して切り上げろということですね。で、この説明をしている間にあと一分しか残っていない」

「はは……それは、用意の良いお父さんね」


 保護者同伴!バレンタインのチョコをもらうのも渡すのもバレるんじゃん。


 みさきは、これぞうの家族の気の回し方に驚いた。

「では、先生、良い夜を!あとこれ、本当にありがとうございます。ああ、やっぱり来て良かったな~」

「うん、気をつけて、車の二人にもよろしくね」

 これぞうはご機嫌なリズムを奏でて階段を跳ね降りる。そして車に乗って家に帰った。

 その日みさきは、チョコを渡せたことに安心して良く眠れたという。

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