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第百二十六話 二月の戦い~boys side~

 1月は行く、2月は逃げる、3月は去る。そんな風に例えられるくらい年始めの三ヶ月はあっという間に過ぎるという。これぞうは、新年最初の登校日の始業式で校長がこれを言うのを耳にした。

 またか。義務教育時代から年が明ける度にその時の校長は新年にこの話をする。

「古今東西、どの校長もこれを言うんだなぁ。もはや校長先生の新年の挨拶として、このお話は定型となっているようだ。しかしこう何年も連続で聞いているとバカでも覚える。いい加減に聞き飽きて耳にタコでもイカでも住み着きそうだよ」

 今まさに始業式で校長が挨拶をしている最中、これぞうは結構デカめの独り言を放った。それを聞くと周りの者はくすくすと笑いだした。

「おや、考えているだけと想ったら、知らぬ内に考えが口から出力されていたようだ。これはうっかり」

 整列する他の生徒達はもっと笑い出した。これぞうが変人であるゆえ皆は近づきたがらない。しかし、こうした勝手な一人喋りを聞いているだけなら楽しい奴と思われていた。

「おい、五所瓦、静かにしろよ。叱られるぞ。にしても耳にタコとイカって、ぷぷっ……タコって海のやつじゃないだろう」注意したけど久松も笑っていた。


 長年生きて来た年長者の言うことだ。当てずっぽうでものを言うわけではない。現に校長の言葉通り、今年の最初の三ヶ月は早かったのだから。1月などは瞬きでもしてる間に過ぎた。もちろん体感の話であるが。

 というわけで今は2月である。2月と言えば、私もあなたも、そしてこれぞうだってドキドキするあのイベントが待っている。

 

「姉さん。ちょっと聞きたいのだが」

 これぞうは自宅の居間で粟おこしを齧りながらサスペンスの再放送を見ている姉に声をかけた。

「ええ、聞くといいわ。私が弟の質問にも答えてあげない意地悪で愚かな姉に思えて?」

「いいや、僕が知る限りでは、姉さん程姉さんをしている『姉』という存在はいやしないよ」

「うんうん、良い心がけで良い判断の弟には、この美味しい粟おこしを進呈するわ。さぁあんたも齧りなさい」

「うん、ありがとう姉さん。僕はこれが大好きさ。でも夕飯前にあんまりガリガリ行くもんじゃないと想うよ」

「あんたが姉に意見すると言うなら二世紀早いわ。私はこれを食べ、そして夕飯も残さない。余計なカロリーを取った分は他で燃焼するし、ケアがバッチリ行き届いているから虫歯にもならない。何も問題は残らないわ」

「おっと、僕ごときが意見するなんて、まさに釈迦に説法だったね。姉さんには死角無しだ」

「分かれば良いのよ。それより何を聞きたいの?CMが終わってドラマが再開しない間にさっさと言いなさい」

「うん、姉さん、そろそろバレンタインデーが来るよね」

「そうね、もういくつも寝ない内にその日が来るわね」

「姉さんは誰かにチョコをあげるのかい?」

「いいえ、あげないわ。作るのも買うのも面倒だもの」

「でも、姉さんはきっと人から貰うよね」

「うん、くれと言うわけでもないのに、小学校の頃から誰かしらに貰うわ」

 あかりは学校で大変人気者であった。ウィットに富んだおしゃれな喋りが出来、そして何よりも可憐な美少女だったから男女問わずにモテた。

「で、中には男からのプレゼントもあるよね?」

「うん、どうしてなのか、女子が男子にプレゼントを送る日なのに、逆にプレゼントを上げたがる男がいるわね。最近じゃ珍しくないんじゃない。そういえば、本場アメリカじゃ男が女に花とかを渡すって聞くわね」

「そうそう、日本では逆チョコって言うらしいんだ。で、なんだけど、僕もそれをやろうと想う」

 ここであかりはずっとテレビを見ていたが振り返って弟の顔を見る。

「まさか、いえ、もう答えは一つしかない。みさき先生ね?」

「ご明答。そりゃ望みが叶うなら女性である先生からプレゼントを頂きたいが、あの人には立場もあるし、僕がそんな栄誉に預かるのを期待するのはおこがましい。だから、僕から何かを贈ろうと想ったんだ」

「うんうん、良いじゃない。これぞう、あんたは受け身に回る人間じゃないわ。攻めるのみよ」

 待っていたって難攻不落のみさき嬢を落とすことは叶わない。ならば手数のある限り打って出るのみ。これぞうの攻めの恋愛観から逆チョコ作戦を決行することになった。

「それで、さっそくプレゼントの試作として、僕の真心がたっぷり入ったティラミスケーキを完成させたところなんだ。先生と同じく乙女であり、味覚にも優れる姉さんに味見してもらうことで自信をつけようと想ったのだが、そうして粟おこしを食べているとなると、それはお願いできないかなぁ」と言いながらこれぞうは皿に乗った手作りケーキを見せた。

「美味しそう!」あかりは歓喜の声を上げる。何せ彼女は和洋中その他を問わず、甘い物ならば何でも好きだった。

「いらなかったら、明日にでも味を……」

「いや、今食べるわ!」と言うとあかりはこれぞうから皿を奪い取る。

「可愛い弟が今味見を頼んでるのよ。その今を逃して鮮度が落ちたものを味見したって意味がないじゃない」

「姉さん、やはり弟想いの良き姉だ。広辞苑や大辞林で『姉』と引いたら、そこに姉さんの名前を載っけとけば良いと想うね」

「大げさね。お姉ちゃん大好きっ子なんだから~」 

 あかりは粟おこしの袋をを机の端に寄せると、そこに皿を置き、すぐにティラミスを食べ始める。

「ううう……美味いわ。これぞう、あんたは春から料理を始めてここまで腕を上げたのね……お姉ちゃんは嬉しいわ」

「どうかなぁ。先生にも喜んでもらえそうかい?」

「ええ、これを食べて喜ばない女子はいないわ。女子の代表である私が言うのだから答え合わせをする必要はないわね」

 そう、あかりは女子の代表である。

「ああ、姉さんが美味いと言うなら、もうそれで正解さ。よし決めた。僕はきたるバレンタイン、先生にプレゼントを贈るぞ!」

 青春は忙しい。正月が終わると次はバレンタインに頭を向けなければならない。その忙しさも楽しむこれぞうであった。

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