第百二十四話 あけましてアタック
実家でのまったりとした正月を終えたみさきは、1月7日にソニックオロチシティに帰ってきた。みさきが実家を旅立つ時、父はやはり泣いたという。
「せっかく産んで育てた娘を外に出して一緒に暮らさない。こんな、こんな悲しいことがあるか。みさきちゃん、仕事は大事だ。でもお父さんの娘と楽しく歩む人生も大事なんだ。来年はこっちに転勤してね」
父は娘にそう言ったのであった。
みさきは現在の住処である「アパルトマンニュードラゴン」を視界に捉えた。数日ぶりの我が城はすぐそこである。
そこで喧騒がみさきの耳を打った。おかしい、この辺りは閑静な通りなので、昼間にこうして騒がしいことはまずありえない。嫌な予感がする。
みさきが角を曲がってアパート駐車スペースに侵入すると、その騒ぎの元が目に入った。
車三台分の駐車スペースに人だかりが出来ている。パッと見て15人くらいがそこに集まっている。みさきが背伸びをしてその人だかりの奥を覗くと、そこにはサンタクロースが三人いた。
「え、何?サンタ?正月に!」
サンタの内一人は杵を手にして、臼の中のホカホカのもち米をついている。一人は臼の前に屈んでタイミングよくもち米を返している。そして最後の一人はメガホンを手にして掛け声をかけている。「よいしょ」とか「よっこらしょ」とか言ってる。それを周りの者も一緒になって口にしていた。
みさきはそのサンタ軍団が誰かすぐに分かった。杵を持つのはこれぞう、サポートするのはあかり、そしてメガホンで何か言ってるのは桂子であった。
「あの子達、何やってんのよ……」
杵を持ったサンタがみさきに気づいた。「ああ!みさき先生!みさき先生のお帰りだ!」
メガホンを持つ桂子が言う。「さぁさぁ皆さん、本日の主役のお帰りですよ。それでは皆で揃っておかえりなさいを言いましょう。はい、せ~の」
「おかえりなさい!」その場にいた全員が声を合わせて言った。皆ノリが良い。よく見ると、集まっているのはこのアパートの住人達であった。みさきの知っている顔もちらほら見られた。
「ささ、みさき先生お疲れでしょう。荷物は僕が持ちますから、お部屋の方に戻りましょう」これぞうは作業を止めて紳士然とした気遣いを行なう。
「ああ、皆さんはご歓談しながら餅を味わってください」
皆はこれぞうが既についた餅を味わっていた。きな粉もち、餡餅、よもぎ餅と色々用意されていた。
「ちょっと五所瓦君、新年早々この騒ぎは何よ」
「はは~やだなぁ先生。もう年が明けて一週間。早々なんてことはないですよー」
「いや、そうじゃなくて」
この噛み合わない会話を久しぶりに味わったみさきであった。
「みさき先生、新年明けましておめでとうございます」あかりが言った。
「ああ、あかりさん、おめでとう……あなた、その格好……」
これぞうは普通のサンタクロースの衣装を着ていた。しかし女性二人はというと、下は赤いミニスカート、その中からは白いニーソックスに包まれた美しい脚が伸びている。ちょっとエロいかもしれないとみさきは想った。
「あら、みさきも気に入ったならまだ用意があるわよ。遠慮なく着てちょうだい」と桂子が言った。
「そりゃ良い!絶対に良いよ桂子ちゃん!」これぞうはみさきのサンタ姿が見たくてたまらない。
「着ません!もう、皆上がって着替えなさい」
「ええ、でも先生。僕は家からずっとこれで来たんです。姉さんと桂子ちゃんもそうです」
なんとこれぞう、自宅からこんな格好でやって来た。だから着替えはない。
「もう、とにかく恥ずかしいから、家にある服を着て」
みさきはとりあえず三人を着替えさせた。
みさきの部屋に入った三人は、みさきの用意した服に着替えた。
「もう、まったく三人とも何を考えているのよ」
「それは、これぞう、あんたの口から言いなさい」あかりが命じた。
「ん、これぞう、どうしたの?早く言いなさいよ」とあかりが催促してこれぞうを見ると、彼は何だかもじもじしていた。これぞうはみさきのトレーナーを着ていた。
「はぁ、いやぁこれは……先生の普段着に身を包まれていると考えると、その僕は、なんともソワソワしてしまって……」これぞうは言いながら頬を赤らめている。今日のこれぞう、ちょっと気持ち悪い。
「五所瓦君、もじもじせずに早く言いなさい」
「はい先生。まずはクリスマスの夜に僕が先生と輝美さんの前で失態を犯したことに話を戻します。あの時は僕のせいで素敵な聖夜が色々残念なことになってしまった。先生に素敵な聖夜をお届けすることが出来なかったこと、僕はそれを恥じたのです。そこで僕は名誉挽回を考えまして、次の行事である正月にはご迷惑をかけた先生にお返しをすることにしたのです。それが今日の餅つき大会です。サンタ衣装なのは、素敵なプレゼントを届けるべき日にそれが出来なかった不出来を払拭するためです。今日は少し遅れてサンタがプレゼントを届けに来た。そういうコンセプトでやっています。以上です」
長々と途切れることなくこれぞうは説明した。それを聞いてみさきはしばらく無言でいた。
「盆と正月が一緒に来たようって言うじゃないですか、今日はクリスマスと正月がっていう組み合わせになっています」
「もう、本当にやることが何と言うか……」みさきとしては、こっちに帰ってきて早々こんな催し物で出迎えられるなどとは一ミリも予想していなかった。だからちょっと困惑していた。
「でも、あの場所を占領して騒いで問題にならないかしら」
さすが、みさき。子供の起こした面倒の後始末も職務の内に入っている先生なんて商売をしているからそういう所にだってさっと気がつく。
「ああ、それなら大丈夫よみさき。だってここは家の会社で持ってるアパートよ。私を通して管理会社に話は行ってるわ。会場に使っている駐車スペースだけど、あそこを契約している人はいないから、今は空きスペースなのよ。夜までいても平気よ」
こちらもさすが。切れ者の桂子はちゃんと後の面倒がないように手を回していた。
「そうそう。ちょっとうるさくする分に関しては、ああして住民の方に無料で餅を配ることで理解を得ていますよ」
「はぁ、なら安心ね」
「それから、先生が帰ってくるタイミングは、先にみすずちゃんから連絡をもらっていたんです」と言いながらあかりはスマホを見せた。みすずとあかりはいつの間にか連絡先を交換していた。
「さあさあ、話が済んだら先生もご一緒にお餅をついて食べようじゃありませんか。長旅でお腹も空いたことでしょう」
「確かに……」みさきは、そういえば腹が減っている事に気づいた。すると腹が「ぐー」と鳴った。
「あらっ今年もお腹で飼ってる可愛い虫のお声が聞けたなー。年明け一番だね」これぞうはみさきの目ではなく、腹を見て喋った。
「こら!」みさきは顔を赤くして、照れと怒りを現した。