第百二十二話 よく食べ、よく飲み、よく考え、よく笑う
「ねえ、みさきって男の方はどうなの?」
うどんを啜るみさきの横でリツコが言った。
「へ?男の方ってどうゆうこと?ずるずる……」みさきはまだまだ啜っている。良い啜りっぷりだ。
「だから男は作ったのかってことよ。学校って所には良い男いないの?」
「え、いないよ。ずるずる……」
「へえーやっぱりおじさんばかりよね」
「うん?皆若くて元気な子ばかりじゃない」みさきは教師ではなく生徒のことを言ってる。
「……あんた、それってはぐらかしてるのかマジなのかどっちなのよ……」
ここで手巻き寿司を頬張りながら邦子が口を挟む。「教師連中はおじんばっかりに決まってるわよ。そうそう若い先生はこないでしょうよ。それよりもさぁ、みさきなら生徒の方にモテモテでしょ。もしかしてもう告白されたりとか?」
「ゴクリ」みさきは美味しいうどんの汁を飲み干して丼を机に置いた。
「……美味しいわね」とみさきはうどんの感想を言った。
これを見てリツコ、邦子両名は2秒くらい黙る。
そしてその後、リツコがまた喋りだす。「あんた、やっぱり良く食べるわよね。その割には出てこないものよねー」そう言いながらリツコはみさきの腹を擦る。
「そのくせこっちはしっかり出てるんだから。こりゃ女の嫉妬を招いて無理もない体よね」そう言いながら邦子の方は胸を触る。
「あっ、ちょっと止めてよ二人共!」みさきは他人に体を触られるとくすぐったくなる体質であった。
「はっは、さーちゃんは小学校の頃でも寿司20皿くらい楽に食ってたよね。その割にはチビだとからかえば、お返しに怒りの空手チョップが飛んで来たものさ」と言うたっちゃんも酒と飯を良く食っていた。
「もう、止めてよね。昔の話でしょ」
「そうそう、昔のことさ。今じゃその倍は平らげると来ている。はっは~」笑いながらたっちゃんは男連中の方に歩いて行った。
「たっちゃんのあのフラフラしてる感じもとうとう変らないまま結婚まで行っちゃったのね。何だか感慨深いわ」とリツコは言った。
「そういえばリツコって、たっちゃんにちょっと気があったんじゃなかったっけ?」と邦子が問う。
「え?ないない。面白いとは想ってたけど、夫にするなら別よ」というリツコの顔は、話を振られてから少し赤くなったように見える。
「で、みさきのことよね。どう?生徒の中に将来有望株のイケメン小僧がいたりしないの?」邦子が問う。
「うーん、私は女子の体育を見るのが主だから、一人ひとりのことはあんまり分からないわ」
「そっかー。まぁ高校の時から男子に告られても振るばかりの難攻不落のみさきだからねー、ガキには興味ないかな」そう言うとリツコは、座ったまま両手を尻の横に付き、天井を見上げた。
「そういえば、みさきの妹だって高校生になったばかりよね。実際の妹と同じ歳の男を相手にしても、恋人ってよりは、弟に想うくらいが関の山よね」そう言うと邦子はビールをグビリとやった。
リツコと邦子、二人は色恋の話となると女豹のごとく飛びかかる女であった。恋愛大好きな二人とそこまででもないみさきとではかなりタイプが異なる。しかし友情というのは不思議なもので、全く違うタイプの相手なのに仲良くなるケースが多くある。逆に同じタイプだと反発して不和が生じるなんてこともある。この二人とみさきでは組み合わせが良かったようで、学生時代から仲良くしていた。
弟、その言葉にみさきは妙に反応してしまった。彼女は今これぞうのことを考えていた。
これぞうは、自分のことを好きだと告白してくれた。それも数回に及ぶ。みさきにとってこれぞうは、実の妹と同じ歳の男の子。それが事実。でもみさきの感じ方としては、そこにがっちりとはまってはいなかった。みさきにとってこれぞうという存在は可愛い弟分ではない。だったら何なのか、今のみさきにはまだそこまでは分かっていない。いずれにせよみさきは、以前以上にこれぞうのことを真剣に、そして慎重に考えるようになっていた。
「弟みたいなもの……そうよねぇ……」
「うん?みさき大丈夫、酔ったの?お酒よりはご飯の方を食べていたようだけど」
「ああ、大丈夫よリツコ。まだ入るから」
「どっちも?」と邦子が問う。
「うん」みさきは笑顔で答えた。
みさきの笑顔は可愛い。それは同じ女から見てもそうだ。リツコ、邦子の二人は、久しぶりに見てもちゃんと可愛いみさきの笑顔を前にして不覚にもキュンとしていた。
「ていうか、あんたうどんって。コースメニューにないんだけど、何食べてんの?」ここでリツコ、うどんの謎に気づく。
「ああ、これ?ドニーが欲しいって言うから頼んで、ついでに私も……」
みさきの向かいの席では、ドニーこと土上が丁度うどんを食べ終わり、丼を机に置いたところであった。
「良いお味でした。これの支払いは私の方で別に行いますのでご心配なく。みさきの分も私が一緒に出しますから」
「はは、土上さんも良く入るわね」リツコが言った。