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第百二十一話 久しぶりに集まってもたちまちあの頃に戻れる愛しき気安さ

 1月4日の晩のことである。

 みさきは高校の同窓会に参加していた。会場は地元のちょっとした飲み屋。本当にちょっとした場所での大変慎ましやかな宴となった。だが彼らにはそれで良い。大仰な会場で派手にやるのであれば、勝手知ったる中の居心地の良さも分からなくなるというもの。彼らには、なるたけ私生活に近しいこじんまりとした場所が落ち着くのであった。

 

「みさき、久しぶり」

「ソニックオロチシティに越して先生をしてるって聞いたよ」

 みさきを歓迎する仲間達の挨拶が飛び交う。なにせみさきは仲間内で人気者だった。だって良い子だから。

 久しぶりに出会う旧友達は、皆笑顔で挨拶を交わしている。別々の進路を取って一旦離れても、こうして会えば懐かしいあの時の感覚にすぐ戻れる。昨日まで会っていたような気安さで個々は仲間へと戻っていく。これだから友情は素晴らしい。なんたって不朽のものなのだから。


「やあ、さーちゃん。新年の挨拶ぶりだね」

「あ、たっちゃん。うん、三日ぶりくらいだね」

 みさきに声をかけて来たたっちゃんという男は、遡ること数十話前にも登場している。みさきの同級生の従兄弟で、昨年末にめでたく結婚したラッキボーイだ。そして正月にはみさきの家に挨拶にも来ていた。

「お嫁さんを放っておいてこんな所で飲み食いしてていいの?」

「はっは、それが駄目っで言う嫁なら選んじゃいないよ。嫁は無論大事だけど、仲間との付き合いはそれよりも長いんだからね。たまに会って騒ぐくらい許してくれるよ」

「ふふ、何気に惚気のろけけてない?」

「え、そうなるのかなこれ。まぁ愛してるから一緒になったんだし、惚気だってするさ」

 たっちゃんも一端いっぱしのことを言うようになった。幼い頃には武術に長けるみさきに泣かされたこともあった彼が、今ではたくましい夫に見える。

「ひゅ~ひゅ~たっちゃんが惚気てる~!」口笛が得意な長田君がその腕前を披露してたっちゃんをからかった。

「たっちゃんてば、昔はみさきのことが好きだったのに、ちゃっかりいつの間にか結婚してるから分かんないものよねー」その辺のことに関しては学生時代から情報通だったリツコが言った。

「おいおい、よせよ。もう結婚したんだから、そのネタでからかうなよ」たっちゃんは照れながら返した。

「まったく、皆して羽目を外していかんなぁ」たっちゃんはみさきを見て言う。確かに過去の話、でも本当の話。だから先程の暴露話は恥ずかしかった。たっちゃんの顔は少し赤くなっていた。

「ほんとね」みさきは微笑んで返した。


 みさきの同級生連中は男女問わず気の良い連中ばかりだった。それぞれの親の教えが良いのもそうなのだろうが、何と言ってもここポイズンマムシシティ自体が良き子供教育を展開する地であった。なのでグレる連中はそうそういなかった。

 安い酒と家庭料理にちょっと毛が生えた程度の料理が次々と出て来る。みさきは酒は飲めるが、好んでガブガブ飲もうとは思わない。そしてよく食う。みさきがしっかり食うので机の飯は残らない。そしてもう一人よく食うのがいた。

「ドニー、楽しんでる?さっきから黙々と食べているわね」

「ええ、たまにはこういう場も良いと思います」

 みさきが声をかけたドニーとは、彼女の同級生の土上どのうえという女性である。よく食う女性だ。

「前職の現場では、昨日賑やかに卓を囲んだ同僚が、次の日にはいないなんてこともザラにありましたかね」

「え、は、はは……なんか目まぐるしく環境が変わる職場だったみたいね」

「私としたことが、めでたい場で血なまぐさ……相応しくない思い出話をしましたね」

 彼女の前職の詳しいことは、職務規定上退職してからも周りには言えない。なので丸っと明らかにすることは出来ないが、とりあえず軍務を少々齧っていたということだけは言える。

「で、今はそんな格好で、平和な仕事場なのね」

「ええ、今の現場は穏やかです」

 土上はフリフリのメイド服で同窓会に来ていた。そう、彼女の現職はメイドさん。

「今日は仕事上がりでここに寄りました。みさきの顔が見たくてね」

「へぇ、忙しいのにそれはありがとう」

 土上が痛いコスプレでやって来たとは皆思わない。皆彼女の仕事のことは知っていた。しかし土上の出す特殊な空気感は、まだセーラー服を来ていたあの頃から同じものであった。なので、皆は何となしに土上に声をかけられなかった。積極的に周りに関わるタイプでない土上が来ること事態意外と想っている者も多かった。

 でもそれは別にして、土上はとにかく美しい。そしてスタイルも良し。加えてミステリアスすぎるあの雰囲気も周りからは良きものとされ、特に男連中には人気があった。と言っても、どいつもこいつも影で見てありがたがるに留まるだけであったが。

「みさき、あの彼、いつぞやの休日に坂道の上から玉ねぎを盛大に落っことしたあの彼とはどうなっているのです?」 

「え?五所瓦君のこと?別に……」

「ふふ、そうですか。みさきが楽しそうで何よりです」

 土上は多くの事は語らない。でもちょっとの会話で色々察する能力があった。このやり取りだけで、みさきは向こうの地でも上手くやって行けていると土上には理解出来た。


 男共は、この美女二人の組み合わせを遠くで見ては、目の保養としていた。

「やっぱり、あの二人大きいよなぁ……」長田君が言った。大きいとはおっぱいのことである。

「うん、いや~華がある二人だよな」長田君とは幼稚園から一緒だった國光くにみつが言った。

 二人に注目する者は多かったが、二人の間に割って入る度胸のある者はいなかった。たっちゃんを覗いては。


「やあドニちゃん。艶やかな衣装で来たもんだね」

「たっちゃんは冬なのに半袖なのですね」箸を動かす手を止めずに土上が答えた。

「いや~だって飲むと暑くなってさ~」たっちゃんは元々暑がり。そして飲むと多くの人がもっと暑がりになる。

 男の中で土上の迫力に物怖じしないのはたっちゃんくらいのものであった。彼はちょっと鈍感だけど、こうして別け隔てなく人に接するので、総じて良い人間だと皆に思われていた。

「街でメイド姿のドニちゃんを見た時はびっくりしたなぁ~」

「私だって、たっちゃんが早々に結婚とは驚きましたよ。抜けているようでもやることはやっているのですね」

「まったくドニちゃんはハキハキと喋るなぁ。そういう所は気持ち良いなぁ」

「たっちゃん、ちょっと酔ってない?」みさきが問う。

「まさか、もう嫁ある身さ、そのへんを弁えずに飲むものか……でも駄目になったらさーちゃんの家に泊めてくれない?」

「駄目!お嫁さんの所に帰らなきゃ」

「ははっこいつは手厳しい。じゃあ僕は海老をもう一本いただこうかな」そう言うとたっちゃんは、海老の天ぷらを求めてフラフラと歩いていった。


 それを見ていた長田君は言う。「たっちゃんのああいう所はちょっとすごいよな」

「ああ、勇者だな。俺は土上に声をかけるなんて無理だったからなぁ」國光が答えた。

 気になるけど恐れ多くて話しかけれない人、そういう人だって人生の中にはたまに登場することがある。

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